ありくいの話 永遠の実在としてのイデア
2007/01/31/Wed
「ありくいの話。ありくいというのはあのありくいのことで、ありを食べる細長い顔が妙に目に残るアルマジロのような愛らしい動物のことです。どーしてありくいの話かというと、私はありくいがなんでか好きなのです。もっといえば、ありくいに動物の究極の姿を見出すから、なのです。」
「ありくいに‥? ってかさっぱり話が見えないけど。」
「だってさお姉ちゃん、ありくいって蟻を食べるから、ありくい、なんだよね。」
「そ、そうね。名は体をあらわすって奴ね。」
「これってなんか不思議‥。ありくいは蟻を食べるからありくいであって、ありくいが蟻をもし食べなかったら、そんなありくいどーなるの?」
「‥は?」
「ありくいだってたまにはほかの食べ物も食べたくなるかもだけど、蟻以外のもの食べちゃったらそれはもうありくいじゃなくなるので、ありくいは地上にいる間は延々と蟻を食べることを強いられているんだよ。これって残酷。」
「そーかしらね。ありくいには別にそんな悩みあるようには見えないけど‥」
「ダーウィニズムを信じるなら、ありくいは地面の蟻を食べるのに適した進化をしたということだけど、ありくいにしてみれば生まれたときから蟻しか食べられない身体構造なわけで、便利も何もあったものじゃないよね。ありくいは道楽で蟻を食べてるわけじゃなく、存在するために蟻しか食べられないのです。変な生き物‥」
「自然に適合するためにってのが進化論よね。ありくいもふつうに考えればその範疇で理解しなきゃ。」
「えー。適応だとか合目的性とかぜったいおかしいよ。むしろ神さまが、ひとつ蟻を食べるってテーマで動物作ろうかなーとかいうノリで創造したんだのほうが楽しいです。ありくいのイデアっていうのかな。そんなのある気がする。」
「神さまの創造の気まぐれさと残酷さでも指してるのかしら、それ。ま、動物にしてみれば人間のそんな判断どーだっていいんでしょうけどね。」
「とにかくありくいは奇態な生き物です。爪とか長くて変なの。だから好き。」
『「ねえ、お父さん、もしナマケモノが怠けていないで、働き出したらどうなるかしら?」
「うん、おもしろいね。でも、そんなことはないさ。ナマケモノだもの。昼間はいつも、ああして樹にぶらさがって眠っているものときまっているんだ」
「ナマケモノは、ナマケモノだから働かないの? それとも働かないからナマケモノなの?」
「さあ、どっちだろうね。たぶん両方だろうさ」
「もしナマケモノが、ナマケモノだから働かないのだとすると‥」
「うるさいね。理屈ばかり言っていないで、動物園へきたら動物をよく見ていればいいんだよ。ほら、次はオオアリクイだ」
私の父は、どうやらプラトン主義者ではなかったようである。』
澁澤龍彦「神のデザイン」
「ありくいに‥? ってかさっぱり話が見えないけど。」
「だってさお姉ちゃん、ありくいって蟻を食べるから、ありくい、なんだよね。」
「そ、そうね。名は体をあらわすって奴ね。」
「これってなんか不思議‥。ありくいは蟻を食べるからありくいであって、ありくいが蟻をもし食べなかったら、そんなありくいどーなるの?」
「‥は?」
「ありくいだってたまにはほかの食べ物も食べたくなるかもだけど、蟻以外のもの食べちゃったらそれはもうありくいじゃなくなるので、ありくいは地上にいる間は延々と蟻を食べることを強いられているんだよ。これって残酷。」
「そーかしらね。ありくいには別にそんな悩みあるようには見えないけど‥」
「ダーウィニズムを信じるなら、ありくいは地面の蟻を食べるのに適した進化をしたということだけど、ありくいにしてみれば生まれたときから蟻しか食べられない身体構造なわけで、便利も何もあったものじゃないよね。ありくいは道楽で蟻を食べてるわけじゃなく、存在するために蟻しか食べられないのです。変な生き物‥」
「自然に適合するためにってのが進化論よね。ありくいもふつうに考えればその範疇で理解しなきゃ。」
「えー。適応だとか合目的性とかぜったいおかしいよ。むしろ神さまが、ひとつ蟻を食べるってテーマで動物作ろうかなーとかいうノリで創造したんだのほうが楽しいです。ありくいのイデアっていうのかな。そんなのある気がする。」
「神さまの創造の気まぐれさと残酷さでも指してるのかしら、それ。ま、動物にしてみれば人間のそんな判断どーだっていいんでしょうけどね。」
「とにかくありくいは奇態な生き物です。爪とか長くて変なの。だから好き。」
『「ねえ、お父さん、もしナマケモノが怠けていないで、働き出したらどうなるかしら?」
「うん、おもしろいね。でも、そんなことはないさ。ナマケモノだもの。昼間はいつも、ああして樹にぶらさがって眠っているものときまっているんだ」
「ナマケモノは、ナマケモノだから働かないの? それとも働かないからナマケモノなの?」
「さあ、どっちだろうね。たぶん両方だろうさ」
「もしナマケモノが、ナマケモノだから働かないのだとすると‥」
「うるさいね。理屈ばかり言っていないで、動物園へきたら動物をよく見ていればいいんだよ。ほら、次はオオアリクイだ」
私の父は、どうやらプラトン主義者ではなかったようである。』
澁澤龍彦「神のデザイン」