R・S・ブラック「プラトン入門」
2008/12/31/Wed
「イギリスの古典学者にして精緻な哲学的資質を兼ね備えてたであろうリチャード・スタンリー・ブラックによる本書は、概説書にありがちな煩雑さや無味乾燥な事項の記述でなくて、豊かな著者の感性を伝える柔らかな語り口と文章の簡潔さが相まって、とても読みやすい良書かなって思う。まず本書はプラトンがどんな生涯を送ったのかなってことを大きく描写していって、プラトンという類稀な空前絶後の思想家においてその背景となるべき人生経験の総体とはどう把握されるべきか‥人と思想が分ちえない関係性にあると考えるなら、その足跡を追うことの重要性はいわずもがなかな‥を丹念に描出してく。プラトンというと若年のころのソクラテスの死と絡んで詩人でなくて哲学を志したっていうエピソードが有名だけど、後半生において一際大切な、三度にも及ぶシケリア島訪問と、シラクサイの僭主ディオニュシオスとの交流をぬきにして語れないのはいうまでないよね。本書は複雑な様相を示すため概略がむずかしいこのシケリア島訪問の様子と、それがプラトンの思想に与えただろう影響を概括してくれててとても感心させられると思う。当時にあっても巨大な尊敬をかち得てたプラトンだったけど、その名望の高さゆえの困難は計り知れないものがあったのだよね。とくに動乱期にある古代ギリシアならなおさら、かな。」
「本書はそういった歴史的事実と、プラトンの著作との関連性をまとめてくれているのが入門書としては非常に優れている部分なのでしょうね。実際その著作がどういった過程から誕生したものなのか、また著作家はどのような状況下においてそれほどの思想を生みだしたのか、さては生みださざるをえなかったのか、そこらの微妙で複雑な議論になりがちだろう部分を丁寧に説明してくれるのはありがたいことよ。とくにプラトンの場合、みずからの著作には思想上それほどの価値と意味を与えてはいないのよね。ま、ここがプラトンのおもしろいところといえばそうなのでしょうけど。」
『これまでに著作を行なってきた人たち、現に行なっている人たちのすべてについて、これだけは明言できるが、わたしが真剣に取り組んできた事柄について、それを知悉していると言い立てているかぎりは、わたしから聞いたにせよ、他の者たちから聞いたにせよ、あるいは自分自身で発見した気でいるにせよ、彼らは、少なくともわたしの判断によれば、この営みについて何も分ってはいないのである。現にこれらの事柄についてのわたしの著作は一つもなされていないし、今後もけっしてなされないであろう。これは、他の学び事のように言葉で言い表すことがどうしてもできないものだからであて、長い間この営みそのものに関わる考察を共にし、生活を共にすることによって、突如として、あたかも一つの火が燃え移って別の光明が点じられるようにして、学び手の魂の内に芽生えると、あとはそれ自体が自己成長をとげていくのである。』
プラトン「第七書簡」
「西欧文明の基底を成すだろう著作を遺したプラトンがこんなこといってるのだから、プラトンという人はふしぎな人。プラトンは、自分が大切だって思うことについてはひとつも書物に書き残せてるって思ってないし、またそれができるとも思えないだろうって再三述べてて、ただ唯一可能だろう真実の哲学は、ひたすら対話‥すなわちディアレクティケのみによって人には実践できるというのが、プラトンの信念だったって、思っていいみたい。プラトンはもし哲学的真理を文書として遺せるならためらわずそうしたろうってつづけてて、それが不可能であったからこそ、プラトンは教育者としてアカデメイアを設立した。そしてその信念に裏打ちされた教育指導は、プラトンの死後、900年つづくことになる。プラトンというのは、ふしぎな人。」
「哲学は書物では教ええない、か。プラトンというと人はイデアリズムに代表される抽象的で神話的なイメージを思い浮べるかもしれないし、またそういった観念的な部分は後代のニーチェに示されるように非難の対象とはなってきているのよね。ただしかし、プラトンは哲学は文字で読んで教えられるものとも思っていなければ、また哲学をするには生まれつきの素質も必要だと述べている。さらには「国家」において論じられたような理想国家の存在など、晩年のプラトンが夢想だにもしていなかっただろうことは、本書を読めばよくわかることでしょう。ある意味プラトンには極度に現実主義的な部分があった。そこを知ることは、おそらくプラトン理解にとってはこの上なく重要なことなのでしょう。理想がないといったプラトンのイデア主義が何を意味するかは、興味ある課題ではないかしら。」
『要するに、彼は人間の本性を深く見通した人であった。勇気、廉直、友と理想に対する忠誠心、親切、ユーモア、節度、正義を備えた人であった。彼は神の定めたよき目的がこの世界を一貫していることを常にかわることなく確信し、彼の生をこの目的に合致させることが、人間の義務にして最大の特権であることを信じた。プラトンの尊厳は、自らが神から与えられた使命の遂行者であることを実感している人間の尊厳にほかならなかった。神命とは非道徳性や純然たる機械論と闘い、また宗教的な事柄をないがしろにする態度に敵対することであった。彼が信奉するのは「真の哲学」の語る教えであった。「真の哲学にまさる贈り物がかつて人類に到来したことはないし、今後もありえないでしょう。それをわれわれに与えたのは神々なのです」。人間にとってこの世で最も大事なことは知識と徳を獲得することである。「その報酬は大きく、しかもその希望は大いにあるのだから」。』
R・S・ブラック「プラトン入門」
R・S・ブラック「プラトン入門」
「本書はそういった歴史的事実と、プラトンの著作との関連性をまとめてくれているのが入門書としては非常に優れている部分なのでしょうね。実際その著作がどういった過程から誕生したものなのか、また著作家はどのような状況下においてそれほどの思想を生みだしたのか、さては生みださざるをえなかったのか、そこらの微妙で複雑な議論になりがちだろう部分を丁寧に説明してくれるのはありがたいことよ。とくにプラトンの場合、みずからの著作には思想上それほどの価値と意味を与えてはいないのよね。ま、ここがプラトンのおもしろいところといえばそうなのでしょうけど。」
『これまでに著作を行なってきた人たち、現に行なっている人たちのすべてについて、これだけは明言できるが、わたしが真剣に取り組んできた事柄について、それを知悉していると言い立てているかぎりは、わたしから聞いたにせよ、他の者たちから聞いたにせよ、あるいは自分自身で発見した気でいるにせよ、彼らは、少なくともわたしの判断によれば、この営みについて何も分ってはいないのである。現にこれらの事柄についてのわたしの著作は一つもなされていないし、今後もけっしてなされないであろう。これは、他の学び事のように言葉で言い表すことがどうしてもできないものだからであて、長い間この営みそのものに関わる考察を共にし、生活を共にすることによって、突如として、あたかも一つの火が燃え移って別の光明が点じられるようにして、学び手の魂の内に芽生えると、あとはそれ自体が自己成長をとげていくのである。』
プラトン「第七書簡」
「西欧文明の基底を成すだろう著作を遺したプラトンがこんなこといってるのだから、プラトンという人はふしぎな人。プラトンは、自分が大切だって思うことについてはひとつも書物に書き残せてるって思ってないし、またそれができるとも思えないだろうって再三述べてて、ただ唯一可能だろう真実の哲学は、ひたすら対話‥すなわちディアレクティケのみによって人には実践できるというのが、プラトンの信念だったって、思っていいみたい。プラトンはもし哲学的真理を文書として遺せるならためらわずそうしたろうってつづけてて、それが不可能であったからこそ、プラトンは教育者としてアカデメイアを設立した。そしてその信念に裏打ちされた教育指導は、プラトンの死後、900年つづくことになる。プラトンというのは、ふしぎな人。」
「哲学は書物では教ええない、か。プラトンというと人はイデアリズムに代表される抽象的で神話的なイメージを思い浮べるかもしれないし、またそういった観念的な部分は後代のニーチェに示されるように非難の対象とはなってきているのよね。ただしかし、プラトンは哲学は文字で読んで教えられるものとも思っていなければ、また哲学をするには生まれつきの素質も必要だと述べている。さらには「国家」において論じられたような理想国家の存在など、晩年のプラトンが夢想だにもしていなかっただろうことは、本書を読めばよくわかることでしょう。ある意味プラトンには極度に現実主義的な部分があった。そこを知ることは、おそらくプラトン理解にとってはこの上なく重要なことなのでしょう。理想がないといったプラトンのイデア主義が何を意味するかは、興味ある課題ではないかしら。」
『要するに、彼は人間の本性を深く見通した人であった。勇気、廉直、友と理想に対する忠誠心、親切、ユーモア、節度、正義を備えた人であった。彼は神の定めたよき目的がこの世界を一貫していることを常にかわることなく確信し、彼の生をこの目的に合致させることが、人間の義務にして最大の特権であることを信じた。プラトンの尊厳は、自らが神から与えられた使命の遂行者であることを実感している人間の尊厳にほかならなかった。神命とは非道徳性や純然たる機械論と闘い、また宗教的な事柄をないがしろにする態度に敵対することであった。彼が信奉するのは「真の哲学」の語る教えであった。「真の哲学にまさる贈り物がかつて人類に到来したことはないし、今後もありえないでしょう。それをわれわれに与えたのは神々なのです」。人間にとってこの世で最も大事なことは知識と徳を獲得することである。「その報酬は大きく、しかもその希望は大いにあるのだから」。』
R・S・ブラック「プラトン入門」
R・S・ブラック「プラトン入門」