「東方Project」二次創作 パチュリーのたまには動く大図書館Ⅵ #3
2011/04/28/Thu
「お寺で修行というと、何をすればいいんだろう。滝に打たれるとか、それとも硬い床に足組んで座って背中ぶたれるとか?」
「滝に打たれたら風邪を引いてしまいますし、座禅はけっこうですけど、特にぶったりしませんよ。」
人里の先に位置する命蓮寺、その奥まった座敷の、どこまでも冴え渡った静寂だけが支配する空虚な畳の上で、突然の来訪者である私を、嫌な顔ひとつしない、この寺の主である白蓮僧の柔らかな笑みが迎えていた。
「いきなり訪ねて迷惑だとは思うんだけど、その、なんていうのかな、私は……」
「パチュリーさんには、そうですね、必要なのは荒行ではないでしょう。」
今の自分の状況をどう説明したものかと口ごもる私の逡巡をすべて予期していたかのように、白蓮は何気ないふうを装い、こう言葉を継いだ。
「パチュリーさんに意味あることは……そう、この世に生まれてからあなたの身に起きたこと、味わったこと、見たこと、聞いたこと、いろいろな抱いた思い、たくさんおありであろうそれらを、できる限り、丁寧に、ゆっくりと、思い出してみることです。」
「……何、それ?」
「それが今のパチュリーさんに一番合った修行法です。寿命が延びる効能も、おまけに、あるそうですよ。」
それきりいって柔和な表情を崩さない聖は腰を上げ、辞し去ろうとする。私は僧の曖昧な表現に戸惑うばかりだった。
「ちょっと、それがどういった意味があるの? もっとくわしく教えてくれなきゃ、たまらない。」
「この部屋は自宙に使ってくださってよろしいです。できるだけ楽な格好で、思い出に耽ってください。いつまででも、納得の行くまで。……それが済むまで、誰もこの部屋には近づけさせません。お腹がへったら、呼んでください。ごちそうしますよ。それと、寺内は好きに見て回ってくださって大丈夫。疲れたら、ご散歩でもどうぞ。」
「聖……!」
「……今のあなたが抱えている問題、悩み、そしてこれからあなたを待ち受けている試練について、他人である私は、与り知ることができないでしょう。助けることもきっとできないでしょう。ですが、それらに対する答え、その救いは、過去のあなたが教えてくれます。未来に対する道しるべは、かつてのあなたがもう手にしている。……だから、それを思い出してみてください。答えとは、往々にして、見つけ出すだけなんです、自身のうちにおいて。」
そうして、白蓮は私の不満げな様子を一切黙殺し、私の前から出て行った。とんでもないところに来たものだと私は呆れて、言葉も出ず、畳の上にごろんと横になり、暗い天井を眺める。……外の風のそよぎが揺らすわずかな葉の波さえ耳に届きそうな、広い静けさ。近視の私の目に、天井の木目は歪んで映った。そのぼやけた空間に相応じるかのように、薄く幻想のように曖昧となっていた私の記憶、過去の思い出の数々が、しどけない静寂の流れに沿うよう、だんだんと甦ってくる。そして、長い追想が始まった。
人生には、転機と思える出来事がある。そのときはわからずとも、あとで振り返ると、あの時期を境にして、自分の人生は次なる段階に進んだのだという気にさせられる事件のことだ。誰にでも多かれ少なかれ、そう見なせる機会はあるだろうが、私にとってそれは三つあった。一つは生みの親を失ったとき。二つは育ての親を失ったとき。そして、三つはレミィと出会ったとき、だ。幻想郷に来たことは、これら三つの出来事に比べれば、私にとってさほど衝撃を与える事件ではなかった。
私の物語の始まりは、一世紀をさかのぼる。私の両親がどういう人であったか、それを知ることができたのは大分後になってからのことだったが、しかし私は当時その国にあっては裕福なブルジョワの長女として生まれた。父は貿易会社の重役として相当の資産を溜め込んでいたらしく、母は地方の古い名家の生まれらしかった。私がもっとも古い幼少期の記憶として思い浮べるのは、そんな母に絵本を読んでもらうという他愛ないものだ。それに比べると父の思い出はほとんど薄れる。というのは、父は仕事に忙しく、ほとんど家に寄りつくことはなかったためだ。しかしそのことが私に寂しい思いを起させるということはなかったらしい。なぜなら物心つく前に、私は父母と永遠に別れることになったから。
十歳に満たない私にとって、田舎にある伯父の家、すなわち母の父のもとに連れられて行ったことに特別の意味合いを見出せるわけがなかった。しかし、母と二人連れ立って伯父の家へと続く長い街道を行き、そして私を伯父に預けたあと、私の頭を撫でた母のイメージは、私の脳裏にひどく焼きついている。父は一緒に来なかった。その後、母は私を置き去りにし、父のところへ戻った。すぐ帰ってくるつもりだったらしい。だが、そのときは二度と来なかった。私は父の声も、母の顔も、鮮明には覚えていない。
「滝に打たれたら風邪を引いてしまいますし、座禅はけっこうですけど、特にぶったりしませんよ。」
人里の先に位置する命蓮寺、その奥まった座敷の、どこまでも冴え渡った静寂だけが支配する空虚な畳の上で、突然の来訪者である私を、嫌な顔ひとつしない、この寺の主である白蓮僧の柔らかな笑みが迎えていた。
「いきなり訪ねて迷惑だとは思うんだけど、その、なんていうのかな、私は……」
「パチュリーさんには、そうですね、必要なのは荒行ではないでしょう。」
今の自分の状況をどう説明したものかと口ごもる私の逡巡をすべて予期していたかのように、白蓮は何気ないふうを装い、こう言葉を継いだ。
「パチュリーさんに意味あることは……そう、この世に生まれてからあなたの身に起きたこと、味わったこと、見たこと、聞いたこと、いろいろな抱いた思い、たくさんおありであろうそれらを、できる限り、丁寧に、ゆっくりと、思い出してみることです。」
「……何、それ?」
「それが今のパチュリーさんに一番合った修行法です。寿命が延びる効能も、おまけに、あるそうですよ。」
それきりいって柔和な表情を崩さない聖は腰を上げ、辞し去ろうとする。私は僧の曖昧な表現に戸惑うばかりだった。
「ちょっと、それがどういった意味があるの? もっとくわしく教えてくれなきゃ、たまらない。」
「この部屋は自宙に使ってくださってよろしいです。できるだけ楽な格好で、思い出に耽ってください。いつまででも、納得の行くまで。……それが済むまで、誰もこの部屋には近づけさせません。お腹がへったら、呼んでください。ごちそうしますよ。それと、寺内は好きに見て回ってくださって大丈夫。疲れたら、ご散歩でもどうぞ。」
「聖……!」
「……今のあなたが抱えている問題、悩み、そしてこれからあなたを待ち受けている試練について、他人である私は、与り知ることができないでしょう。助けることもきっとできないでしょう。ですが、それらに対する答え、その救いは、過去のあなたが教えてくれます。未来に対する道しるべは、かつてのあなたがもう手にしている。……だから、それを思い出してみてください。答えとは、往々にして、見つけ出すだけなんです、自身のうちにおいて。」
そうして、白蓮は私の不満げな様子を一切黙殺し、私の前から出て行った。とんでもないところに来たものだと私は呆れて、言葉も出ず、畳の上にごろんと横になり、暗い天井を眺める。……外の風のそよぎが揺らすわずかな葉の波さえ耳に届きそうな、広い静けさ。近視の私の目に、天井の木目は歪んで映った。そのぼやけた空間に相応じるかのように、薄く幻想のように曖昧となっていた私の記憶、過去の思い出の数々が、しどけない静寂の流れに沿うよう、だんだんと甦ってくる。そして、長い追想が始まった。
人生には、転機と思える出来事がある。そのときはわからずとも、あとで振り返ると、あの時期を境にして、自分の人生は次なる段階に進んだのだという気にさせられる事件のことだ。誰にでも多かれ少なかれ、そう見なせる機会はあるだろうが、私にとってそれは三つあった。一つは生みの親を失ったとき。二つは育ての親を失ったとき。そして、三つはレミィと出会ったとき、だ。幻想郷に来たことは、これら三つの出来事に比べれば、私にとってさほど衝撃を与える事件ではなかった。
私の物語の始まりは、一世紀をさかのぼる。私の両親がどういう人であったか、それを知ることができたのは大分後になってからのことだったが、しかし私は当時その国にあっては裕福なブルジョワの長女として生まれた。父は貿易会社の重役として相当の資産を溜め込んでいたらしく、母は地方の古い名家の生まれらしかった。私がもっとも古い幼少期の記憶として思い浮べるのは、そんな母に絵本を読んでもらうという他愛ないものだ。それに比べると父の思い出はほとんど薄れる。というのは、父は仕事に忙しく、ほとんど家に寄りつくことはなかったためだ。しかしそのことが私に寂しい思いを起させるということはなかったらしい。なぜなら物心つく前に、私は父母と永遠に別れることになったから。
十歳に満たない私にとって、田舎にある伯父の家、すなわち母の父のもとに連れられて行ったことに特別の意味合いを見出せるわけがなかった。しかし、母と二人連れ立って伯父の家へと続く長い街道を行き、そして私を伯父に預けたあと、私の頭を撫でた母のイメージは、私の脳裏にひどく焼きついている。父は一緒に来なかった。その後、母は私を置き去りにし、父のところへ戻った。すぐ帰ってくるつもりだったらしい。だが、そのときは二度と来なかった。私は父の声も、母の顔も、鮮明には覚えていない。