「東方Project」二次創作 パチュリーのたまには動く大図書館Ⅶ #2
2011/08/19/Fri
「デートっていうからどんな素敵なことさせてくれるかって期待してたのに、川原で釣りってどういうことよ。レミィの目をやっとのことで逃れて、期待に胸膨らませ、淡い予感に心高鳴らせていた私の純情はどうなるのかしら。……デートなんて紛らわしい言い方して、咲夜、どういうことよ!」
「あら、これも立派なデートです。ときには清流のせせらぎに耳傾け、ゆったりとした時間に身を任せるのも楽しいですよ。とくにお忙しいパチュリー様にはそういった休息も必要じゃないかと。」
「冗談じゃない。この私に屋外で日光に直接さらされながら何時間も過せっていうの!? デートじゃないならもう帰る!」
「それもよろしいですけど、でも今お帰りになられたら、パチュリー様が私とのデートでよからぬことを期待してらした旨をお嬢様に告げ口します。」
咲夜に対し、踵を返そうとした私の背に、瀟洒なメイドの涼しい声が突き刺さった。
「釣りデートなんて微笑ましくて素敵じゃありませんか。それに今夜のおゆはんの材料も手に入れられる。一石二鳥です。」
ねめつける私の視線にいささかもひるむことなく、岩場に腰を下ろし、咲夜は悠々と釣り糸を水面へと放った。それを見て私はいつまでもふてくされているわけにもいかず、はあとため息をつき、釣り竿を拾うと咲夜と同じように竿を振るった。釣りなんてするの何十年ぶりだろうか。いや、そもそも私は釣りをしたことがあったかな?
「……こんな渋い趣味が咲夜にあったなんて知らなかった。よくするの?」
「以前、高飛車な天人がここで釣りをしていたんです。偶然、通りかかって、なかなかおもしろそうだったので、真似をしてみたんですわ。」
「へえ。あのわがまま娘が釣りねぇ……」
渓流の水面は驚くほどに穏やかで、釣り糸の震えがもたらす波紋が細かな乱れを波に起すだけだった。時折吹く風は木々を微かに揺らし、葉と枝のこすれ合う音が野鳥の鳴き声に混じって、耳を打つ。まるで時間の止まったような静寂を私は覚えた。そよとも反応のない竿を無聊に動かしながら、私はひとり言のように、こう言葉を投げる。
「釣れるのかしらね、これ……」
「天人は釣れる釣れないが問題なのではないということをいっていましたっけ。」
「そんな調子じゃ今晩のおかずがなくなるじゃない……。大体、あなたはここで魚を釣り上げたことがあるの? さっきから魚のいる気配がみじんもしないんだけど……」
「さあ。ここで釣りをするのは何分初めてのことですから……」
咲夜のその予想だにしない言葉に私は絶句した。この様子じゃ、どうやら今夜はまともな食事にありつけないかもしれない。そもそもお茶に平気で毒を混入してくるような従者のすることだ。いかに彼女が有能だろうと、根本的なところで常識的な感性がこの子には欠落しているように思える。とぼけているのか、それとも浮世離れているのか、なんにせよ、咲夜というのは不思議な子だった。
「咲夜は変な奴ね。」
「パチュリー様にそんなことをいわれるとは思ってもみませんでした。」
「……あなたとこうして二人きりで、こんなふうに時間を過すのは、もしかしたら初めてかもね。思うと、私はあなたのことをよく知らない気がする。」
「……この間、天人にお前はつまらない人間だといわれました。」
「……へえ。」
「正確には、本当はおもしろいのに悪魔に仕えて心を空っぽにしているからつまらなくなっているんだと。……私には彼女のいっていることはけっこう正確なように思えます。……パチュリー様は、」
「……何?」
「パチュリー様には、私の心が、死んでいるように見えますか?」
ぽちゃんと川に石が落ちた音がした。
「え?」
そして、私の背後に咲夜の息がある。……いつの間にだろう。時を止めたのだろうか。彼女は私の細い首に腕を回し、背に自身の胸を押し当て、唇を私の頬に寄せ、接吻するように、こうささやく。
「パチュリー様は、私と初めて会ったときのことを、覚えていらっしゃいますか?」
何を聞くんだろう。咲夜は長い間、私たちのために働いてくれている。食事や洗濯、身の回りの世話ならなんだってしてくれている。私とレミィが安穏な暮らしを送ることができるのは、ひとえにこの仕事熱心な彼女のおかげだ。咲夜に出会うまで、こんな優雅で穏やかで、満ち足りた生活はできなかった。自分自身で何もせずに食事にありつける生活なんて、とくに私は、長く縁がなかった。幻想郷に来てから、私はすごく恵まれた日々を過していると思う。それはすべて咲夜のおかげ。その咲夜に初めて会ったのは……そう、あれは、いつのことだっただろう……?
「気づいたら、私がいた。……そうじゃありませんか?」
「そんな馬鹿なこと、あるわけ……」
「パチュリー様。――もし、時を自在に操れるのだとしたら、たった五分前に世界が生まれたのだとしても、パチュリー様に千年の時を与えることが、私には可能なのじゃないですか。……ほら、そう。あなたの時間は、私のもの――」
そしてその記憶さえ――と、銀色の少女は呟いた。
やっぱり、私は今なお、彼女のことをよく知ってはいなかったのだ。それがすべて、過ちだった。
「あら、これも立派なデートです。ときには清流のせせらぎに耳傾け、ゆったりとした時間に身を任せるのも楽しいですよ。とくにお忙しいパチュリー様にはそういった休息も必要じゃないかと。」
「冗談じゃない。この私に屋外で日光に直接さらされながら何時間も過せっていうの!? デートじゃないならもう帰る!」
「それもよろしいですけど、でも今お帰りになられたら、パチュリー様が私とのデートでよからぬことを期待してらした旨をお嬢様に告げ口します。」
咲夜に対し、踵を返そうとした私の背に、瀟洒なメイドの涼しい声が突き刺さった。
「釣りデートなんて微笑ましくて素敵じゃありませんか。それに今夜のおゆはんの材料も手に入れられる。一石二鳥です。」
ねめつける私の視線にいささかもひるむことなく、岩場に腰を下ろし、咲夜は悠々と釣り糸を水面へと放った。それを見て私はいつまでもふてくされているわけにもいかず、はあとため息をつき、釣り竿を拾うと咲夜と同じように竿を振るった。釣りなんてするの何十年ぶりだろうか。いや、そもそも私は釣りをしたことがあったかな?
「……こんな渋い趣味が咲夜にあったなんて知らなかった。よくするの?」
「以前、高飛車な天人がここで釣りをしていたんです。偶然、通りかかって、なかなかおもしろそうだったので、真似をしてみたんですわ。」
「へえ。あのわがまま娘が釣りねぇ……」
渓流の水面は驚くほどに穏やかで、釣り糸の震えがもたらす波紋が細かな乱れを波に起すだけだった。時折吹く風は木々を微かに揺らし、葉と枝のこすれ合う音が野鳥の鳴き声に混じって、耳を打つ。まるで時間の止まったような静寂を私は覚えた。そよとも反応のない竿を無聊に動かしながら、私はひとり言のように、こう言葉を投げる。
「釣れるのかしらね、これ……」
「天人は釣れる釣れないが問題なのではないということをいっていましたっけ。」
「そんな調子じゃ今晩のおかずがなくなるじゃない……。大体、あなたはここで魚を釣り上げたことがあるの? さっきから魚のいる気配がみじんもしないんだけど……」
「さあ。ここで釣りをするのは何分初めてのことですから……」
咲夜のその予想だにしない言葉に私は絶句した。この様子じゃ、どうやら今夜はまともな食事にありつけないかもしれない。そもそもお茶に平気で毒を混入してくるような従者のすることだ。いかに彼女が有能だろうと、根本的なところで常識的な感性がこの子には欠落しているように思える。とぼけているのか、それとも浮世離れているのか、なんにせよ、咲夜というのは不思議な子だった。
「咲夜は変な奴ね。」
「パチュリー様にそんなことをいわれるとは思ってもみませんでした。」
「……あなたとこうして二人きりで、こんなふうに時間を過すのは、もしかしたら初めてかもね。思うと、私はあなたのことをよく知らない気がする。」
「……この間、天人にお前はつまらない人間だといわれました。」
「……へえ。」
「正確には、本当はおもしろいのに悪魔に仕えて心を空っぽにしているからつまらなくなっているんだと。……私には彼女のいっていることはけっこう正確なように思えます。……パチュリー様は、」
「……何?」
「パチュリー様には、私の心が、死んでいるように見えますか?」
ぽちゃんと川に石が落ちた音がした。
「え?」
そして、私の背後に咲夜の息がある。……いつの間にだろう。時を止めたのだろうか。彼女は私の細い首に腕を回し、背に自身の胸を押し当て、唇を私の頬に寄せ、接吻するように、こうささやく。
「パチュリー様は、私と初めて会ったときのことを、覚えていらっしゃいますか?」
何を聞くんだろう。咲夜は長い間、私たちのために働いてくれている。食事や洗濯、身の回りの世話ならなんだってしてくれている。私とレミィが安穏な暮らしを送ることができるのは、ひとえにこの仕事熱心な彼女のおかげだ。咲夜に出会うまで、こんな優雅で穏やかで、満ち足りた生活はできなかった。自分自身で何もせずに食事にありつける生活なんて、とくに私は、長く縁がなかった。幻想郷に来てから、私はすごく恵まれた日々を過していると思う。それはすべて咲夜のおかげ。その咲夜に初めて会ったのは……そう、あれは、いつのことだっただろう……?
「気づいたら、私がいた。……そうじゃありませんか?」
「そんな馬鹿なこと、あるわけ……」
「パチュリー様。――もし、時を自在に操れるのだとしたら、たった五分前に世界が生まれたのだとしても、パチュリー様に千年の時を与えることが、私には可能なのじゃないですか。……ほら、そう。あなたの時間は、私のもの――」
そしてその記憶さえ――と、銀色の少女は呟いた。
やっぱり、私は今なお、彼女のことをよく知ってはいなかったのだ。それがすべて、過ちだった。