「東方Project」二次創作 パチュリーのたまには動く大図書館Ⅷ #1
2011/10/31/Mon
「それじゃ、いつもどおり、よろしくね。蓮子」
夜のファミレス。私は書類の入った封筒を蓮子に渡した。彼女には私の翻訳した文章をマシンに打ち込んでもらう仕事を任せている。
「パチュリーさんもパソコン覚えればいいのに。難しくないんだから」
「……この歳で新しいことを習うのはつらいのよ。それに、私はもうさほどお金はいらないし、少しでもあなたたちの活動の足しになれば、うれしいの」
「うん。サークルの時間を削るのは嫌だから、パチュリーさんからもらっている打ち込みのバイトはすごく助かっている。――これもできたら、多々良さんのところへ送ればいいんだね?」
蓮子の言葉に私は頷いた。それから帰り支度をする私に、蓮子の隣に座っていたメリーが、今度、夕飯を作りに行きますねといってくれる。私はそれに微笑で答え、二人に別れを告げた。
I know you're somewhere, I'm insane...
アパートの階段を上ると、部屋の扉の前に多々良が立っていた。水色のふわっとした髪に、水色と赤色のオッドアイ。私に気づくと、彼女は手に持ったワインを示した。
「一緒に飲もうと思って。そろそろ仕事のほうも一段落ついたんじゃないかなーって」
「……ええ。今、蓮子に預けてきたところ。締切までにはあなたのもとへ届くでしょう」
「そっか。パチュリーさんの部屋で飲む?」
「何もないけど、それでよかったら」
「もちろん」
かつての紅魔館の図書館に比べれば、今の私の部屋はなんともあっさりしたものだった。薄暗く狭く、あるものといえばベッドと机とわずかばかりの本。だが、もう今の私にはこれだけですべて事足りた。椅子に腰を落ちつけ、私はため息をつく。多々良はグラスを私に差し出しながら、身体のほうは大丈夫?と尋ねてくれ、私はそれに対し、こくりと頷きで返した。しかし、私の様子はそんなに弱々しかったのだろうか、多々良は少し寂しげな表情をしていた。
「……多々良、本当に、あなたには感謝している。あなたがいなければ、私は死んでいたでしょうね」
「またその話? もう何度もお礼はいってくれたから、もういいよ」
あの夜、傷を負い、雨のなかを当て所なく行く私を救ったのは、多々良だった。彼女は瀕死の私の手当てをしてくれ、自身が副業で管理しているというアパートの一室を与えてくれ、翻訳の仕事まで紹介してくれた。それがもたらしてくれるわずかな糧で、私はなんとか生き延びている。
「いいよ。全部、ひいおばあちゃんのお願いだから……」
「小傘……多々良、小傘……」
「うん。私も同じ、小傘って名前。この名前はひいおばあちゃんからもらったんだ。もっとも私はひいおばあちゃんと会ったことはないんだけど……」
「でも……」
あなたの姿は、私の知っている小傘と、よく似ている。いえ、同一人物かと紛うくらいに、そっくりよ。その髪、その瞳……
「ひいおばあちゃんは不思議な人だった。人が驚く奇跡みたいなことができたって、お母さんもおばあちゃんも私に教えてくれた。そんなひいおばあちゃんは、ある人に命を助けられたんだって。そして、その人に恩返しがしたいって、いつもいっていたそうなんだ。……その人はいつか来るから、そのときはお願いって、ひいおばあちゃんは、おばあちゃんとお母さんにいつもいっていた。……ねえ、パチュリーさん、私は、あなたがひいおばあちゃんの恩人だって、一目見て、直感した。……変かな、これって」
「……いいえ、ちっとも、変じゃない」
「おばあちゃんもお母さんも、私はひいおばあちゃんに似ているってよくいうんだ。――だから、パチュリーさん、気にしないで。私を頼って。……って、パチュリーさん、もしかして、泣いている?
そういって、多々良は私の顔を覗き込む。私は慌てて、顔を逸らして、ただ酔っただけと掠れる声で返事した。そんな私の様子を見て、彼女は笑う。私は濡れた目元を袖で拭った。涙もろくなったのは歳のせいかもしれない。
(オラドの力により、私はかつていた時間から遥か遠くに飛ばされた。そこで私はおそらく無為に死ぬはずだったけど、私は助かった。それはもしかしたら、小傘の人を驚かす力のお陰なのかもしれない。そして、もうひとつ、考えなきゃいけないこと……それは……)
紫の能力が関与している。紫は幻想郷を去る私に「蓮子によろしく」といった。その蓮子と私は偶然に知り合った。翻訳した文章をパソコンに打ち込まねばいけないとき、パソコンが使えない私のために、多々良が探して連れてきたバイトの子が、蓮子だった。そして彼女の隣には、メリーという女の子がいた。これはすべて偶然なのだろうか。いや、そんなはずがない。
「紫は私に何をさせたいのだろう。何を思っていたのだろう。ただ私にはもう時間がない――」
夜、床につき、真っ暗な天井を眺め、私はそう呟いた。オラドにより、私はすべての魔力をなくしている。それはつまり、魔法使いとしての能力を喪失したということで、私にはすでに妖怪としての不老の力は備わってない。今の私はだから、ただの人であり、百年以上生きている奇妙な人間であり、オラドとの戦いで胸に受けた傷のせいで、もともと弱かった身体がいっそう痛んだ、虚弱な人間に過ぎなかった。もう私は、いつ終わりを迎えても、おかしくないんだろう。しかしそれもそんなに恐ろしいことじゃない。
多くのものを失ってきたし、たくさんの人の思いも振り切ってきた。見果てぬ過去と定かならぬ未来。そのようななか、私は静かに眠りにつく。すべてが狂気のように思え、しかし、私は生きている。まだ、生きている。
I know you're somewhere, I'm insane...
夜のファミレス。私は書類の入った封筒を蓮子に渡した。彼女には私の翻訳した文章をマシンに打ち込んでもらう仕事を任せている。
「パチュリーさんもパソコン覚えればいいのに。難しくないんだから」
「……この歳で新しいことを習うのはつらいのよ。それに、私はもうさほどお金はいらないし、少しでもあなたたちの活動の足しになれば、うれしいの」
「うん。サークルの時間を削るのは嫌だから、パチュリーさんからもらっている打ち込みのバイトはすごく助かっている。――これもできたら、多々良さんのところへ送ればいいんだね?」
蓮子の言葉に私は頷いた。それから帰り支度をする私に、蓮子の隣に座っていたメリーが、今度、夕飯を作りに行きますねといってくれる。私はそれに微笑で答え、二人に別れを告げた。
I know you're somewhere, I'm insane...
アパートの階段を上ると、部屋の扉の前に多々良が立っていた。水色のふわっとした髪に、水色と赤色のオッドアイ。私に気づくと、彼女は手に持ったワインを示した。
「一緒に飲もうと思って。そろそろ仕事のほうも一段落ついたんじゃないかなーって」
「……ええ。今、蓮子に預けてきたところ。締切までにはあなたのもとへ届くでしょう」
「そっか。パチュリーさんの部屋で飲む?」
「何もないけど、それでよかったら」
「もちろん」
かつての紅魔館の図書館に比べれば、今の私の部屋はなんともあっさりしたものだった。薄暗く狭く、あるものといえばベッドと机とわずかばかりの本。だが、もう今の私にはこれだけですべて事足りた。椅子に腰を落ちつけ、私はため息をつく。多々良はグラスを私に差し出しながら、身体のほうは大丈夫?と尋ねてくれ、私はそれに対し、こくりと頷きで返した。しかし、私の様子はそんなに弱々しかったのだろうか、多々良は少し寂しげな表情をしていた。
「……多々良、本当に、あなたには感謝している。あなたがいなければ、私は死んでいたでしょうね」
「またその話? もう何度もお礼はいってくれたから、もういいよ」
あの夜、傷を負い、雨のなかを当て所なく行く私を救ったのは、多々良だった。彼女は瀕死の私の手当てをしてくれ、自身が副業で管理しているというアパートの一室を与えてくれ、翻訳の仕事まで紹介してくれた。それがもたらしてくれるわずかな糧で、私はなんとか生き延びている。
「いいよ。全部、ひいおばあちゃんのお願いだから……」
「小傘……多々良、小傘……」
「うん。私も同じ、小傘って名前。この名前はひいおばあちゃんからもらったんだ。もっとも私はひいおばあちゃんと会ったことはないんだけど……」
「でも……」
あなたの姿は、私の知っている小傘と、よく似ている。いえ、同一人物かと紛うくらいに、そっくりよ。その髪、その瞳……
「ひいおばあちゃんは不思議な人だった。人が驚く奇跡みたいなことができたって、お母さんもおばあちゃんも私に教えてくれた。そんなひいおばあちゃんは、ある人に命を助けられたんだって。そして、その人に恩返しがしたいって、いつもいっていたそうなんだ。……その人はいつか来るから、そのときはお願いって、ひいおばあちゃんは、おばあちゃんとお母さんにいつもいっていた。……ねえ、パチュリーさん、私は、あなたがひいおばあちゃんの恩人だって、一目見て、直感した。……変かな、これって」
「……いいえ、ちっとも、変じゃない」
「おばあちゃんもお母さんも、私はひいおばあちゃんに似ているってよくいうんだ。――だから、パチュリーさん、気にしないで。私を頼って。……って、パチュリーさん、もしかして、泣いている?
そういって、多々良は私の顔を覗き込む。私は慌てて、顔を逸らして、ただ酔っただけと掠れる声で返事した。そんな私の様子を見て、彼女は笑う。私は濡れた目元を袖で拭った。涙もろくなったのは歳のせいかもしれない。
(オラドの力により、私はかつていた時間から遥か遠くに飛ばされた。そこで私はおそらく無為に死ぬはずだったけど、私は助かった。それはもしかしたら、小傘の人を驚かす力のお陰なのかもしれない。そして、もうひとつ、考えなきゃいけないこと……それは……)
紫の能力が関与している。紫は幻想郷を去る私に「蓮子によろしく」といった。その蓮子と私は偶然に知り合った。翻訳した文章をパソコンに打ち込まねばいけないとき、パソコンが使えない私のために、多々良が探して連れてきたバイトの子が、蓮子だった。そして彼女の隣には、メリーという女の子がいた。これはすべて偶然なのだろうか。いや、そんなはずがない。
「紫は私に何をさせたいのだろう。何を思っていたのだろう。ただ私にはもう時間がない――」
夜、床につき、真っ暗な天井を眺め、私はそう呟いた。オラドにより、私はすべての魔力をなくしている。それはつまり、魔法使いとしての能力を喪失したということで、私にはすでに妖怪としての不老の力は備わってない。今の私はだから、ただの人であり、百年以上生きている奇妙な人間であり、オラドとの戦いで胸に受けた傷のせいで、もともと弱かった身体がいっそう痛んだ、虚弱な人間に過ぎなかった。もう私は、いつ終わりを迎えても、おかしくないんだろう。しかしそれもそんなに恐ろしいことじゃない。
多くのものを失ってきたし、たくさんの人の思いも振り切ってきた。見果てぬ過去と定かならぬ未来。そのようななか、私は静かに眠りにつく。すべてが狂気のように思え、しかし、私は生きている。まだ、生きている。
I know you're somewhere, I'm insane...