「東方Project」二次創作 パチュリーのたまには動く大図書館Ⅷ #3
2011/12/30/Fri
人が寄りつかなくなって、一体、どれだけの年月が過ぎたというのだろう。今にも崩れ落ちそうな柱、埃まみれの床板、無数の亀裂が走った壁。不気味に静まり返った廃村のなかにあって、老朽化した紅魔館の崩壊の瀬戸際にあるその威容は、見捨てられた建築物の哀れさというものを、殊更、印象付けるのだった。
遥か彼方に置き去りにしたはずの紅魔館を前にして、私はあたかも熱病に浮されたようだった。夢遊病に憑かれたもののように、ふらふらとその敷地へと足を踏み入れ、そして古びた扉へと手をかける。しかし、そのとき、メリーのかん高い声が私の動きを制した。
「駄目……! ……入っちゃいけない。そこは……ちがう場所……こことはちがう……」
「メリー……、何か、見えるの……?」
青ざめた表情のメリー。私は彼女の見開かれた紺碧の瞳に射抜かれながらも、一言もいわず、館内へと続く扉を開け放った。深い暗闇が眼前に現れるが、しかし構わず、私は歩を進めた。
「ああもう、パチュリーさん、待って! ……メリーは車に戻っていて。私がパチュリーさんを連れてくるから」
普通だったら、一条の明かりも差さない、しんとした静寂に閉ざされた、この広大な屋敷を何の助けもなしに進むのは愚の骨頂であったろう。だけれど、長年、この館で生活した私にとっては、たとえ一寸先がうかがい知れない暗闇の通路でも、迷わず進むことはさほど困難なことではなかった。
「……ひどく埃っぽいし、それにかびくさい。……パチュリーさん、もしかして、この建物が何か、知っている?」
「ええ、まあ……。……蓮子、さっき、何か見えるのってメリーに尋ねていたけれど、それはつまり……」
「……こんなこといっても信じてもらえないだろうけど、メリーは、見えるらしいんだ」
「……」
「隙間が……。夢と現実の狭間、その境目が。……だから、パチュリーさん、もしかしたらここは危ないところなのかもしれない。本当にそうなのかもしれない。早く出たほうが、いいと思う……」
「……あなたも?」
「え……?」
「蓮子、あなたも、何かが見えるの? 特別な目を持っているの?」
「私は……つまらないよ。星空を見て、今、何時かわかったり、月を見て、今いる場所の位置がつかめたり、その程度」
「そう……なるほど……」
そう呟いて、私が天空へと続くかのような螺旋階段を、一段、二段、三段と上った、その刹那だった。ふと何気なく背後を見やると、後についてきたはずの蓮子の姿が、まるで靄のように、もはや消え去っていた。
(蓮子がいなくなるその瞬間にさえ、何も気づけないなんて。……本当、落ちぶれたものね。今の私には一滴の魔力さえ残っていない。普通の人間と比べてさえ、勘がもう働かない。……これが私の成れの果て、か)
しかし、私はなお歩みを止めなかった。目指すのは、レミィの寝室。私はそこへ行きたかった。メリーの忠告を無視し、蓮子が消えてもなお、私はそこへ行きたかった。どうなっているのか、知りたかった。だって、レミィは私の愛する人だったから――
「――ごきげんよう。幻想郷の魔女の成れの果て。偉大なるかつての魔法使い。その残滓」
「あなたは……」
「一緒にいたお姉さんには、外に出て行ってもらったよ。……大丈夫。ただそうなるように意識を仕向けただけだから。あなたに付いていこうと頭で思っても、大いなる無意識の作為は、彼女をあらぬ先へと押しやっちゃう。ただそれだけだから……」
深い憂いの闇に沈んだレミィの寝室。ぼろぼろの寝台の上に腰掛けた、一人の少女が私を出迎えた。目深く被った黒い帽子の庇を上げ、深い青に澄んだ瞳が私を見つめたとき、玄妙としかいいえぬように、小机の上に置かれたランプにひとりでに紅の火が点るのだった。
「こいし……。地獄を彷徨する、閉じた恋の瞳。そう、あなたが、私を招き寄せたのね」
「……今の私は本当の私じゃない。ただ無意識の奥深くに潜む影。魔力を失ったあなたを呼び寄せるためには、普遍的無意識の広大な海に、深く深く、自分の名残を忍び込ませるしかなかった。……でも、ずいぶん待ちくたびれちゃったよ。あなたに出会うまで、一体、どれだけの時間が経ったんだろう。――あなたに、伝えたいことがあるんだ」
「私に……?」
こいしは静かに微笑んだ。そして、詩の一節でも暗誦するように、こういった。
「幻想郷は滅んだよ。あなたという存在を失ったがために、幻想郷はある異変を解決できなかったんだ。だから、滅んだ。私はそれを伝えるために、無意識の海で、ただあなたを待っていた。待っていた――」
遥か彼方に置き去りにしたはずの紅魔館を前にして、私はあたかも熱病に浮されたようだった。夢遊病に憑かれたもののように、ふらふらとその敷地へと足を踏み入れ、そして古びた扉へと手をかける。しかし、そのとき、メリーのかん高い声が私の動きを制した。
「駄目……! ……入っちゃいけない。そこは……ちがう場所……こことはちがう……」
「メリー……、何か、見えるの……?」
青ざめた表情のメリー。私は彼女の見開かれた紺碧の瞳に射抜かれながらも、一言もいわず、館内へと続く扉を開け放った。深い暗闇が眼前に現れるが、しかし構わず、私は歩を進めた。
「ああもう、パチュリーさん、待って! ……メリーは車に戻っていて。私がパチュリーさんを連れてくるから」
普通だったら、一条の明かりも差さない、しんとした静寂に閉ざされた、この広大な屋敷を何の助けもなしに進むのは愚の骨頂であったろう。だけれど、長年、この館で生活した私にとっては、たとえ一寸先がうかがい知れない暗闇の通路でも、迷わず進むことはさほど困難なことではなかった。
「……ひどく埃っぽいし、それにかびくさい。……パチュリーさん、もしかして、この建物が何か、知っている?」
「ええ、まあ……。……蓮子、さっき、何か見えるのってメリーに尋ねていたけれど、それはつまり……」
「……こんなこといっても信じてもらえないだろうけど、メリーは、見えるらしいんだ」
「……」
「隙間が……。夢と現実の狭間、その境目が。……だから、パチュリーさん、もしかしたらここは危ないところなのかもしれない。本当にそうなのかもしれない。早く出たほうが、いいと思う……」
「……あなたも?」
「え……?」
「蓮子、あなたも、何かが見えるの? 特別な目を持っているの?」
「私は……つまらないよ。星空を見て、今、何時かわかったり、月を見て、今いる場所の位置がつかめたり、その程度」
「そう……なるほど……」
そう呟いて、私が天空へと続くかのような螺旋階段を、一段、二段、三段と上った、その刹那だった。ふと何気なく背後を見やると、後についてきたはずの蓮子の姿が、まるで靄のように、もはや消え去っていた。
(蓮子がいなくなるその瞬間にさえ、何も気づけないなんて。……本当、落ちぶれたものね。今の私には一滴の魔力さえ残っていない。普通の人間と比べてさえ、勘がもう働かない。……これが私の成れの果て、か)
しかし、私はなお歩みを止めなかった。目指すのは、レミィの寝室。私はそこへ行きたかった。メリーの忠告を無視し、蓮子が消えてもなお、私はそこへ行きたかった。どうなっているのか、知りたかった。だって、レミィは私の愛する人だったから――
「――ごきげんよう。幻想郷の魔女の成れの果て。偉大なるかつての魔法使い。その残滓」
「あなたは……」
「一緒にいたお姉さんには、外に出て行ってもらったよ。……大丈夫。ただそうなるように意識を仕向けただけだから。あなたに付いていこうと頭で思っても、大いなる無意識の作為は、彼女をあらぬ先へと押しやっちゃう。ただそれだけだから……」
深い憂いの闇に沈んだレミィの寝室。ぼろぼろの寝台の上に腰掛けた、一人の少女が私を出迎えた。目深く被った黒い帽子の庇を上げ、深い青に澄んだ瞳が私を見つめたとき、玄妙としかいいえぬように、小机の上に置かれたランプにひとりでに紅の火が点るのだった。
「こいし……。地獄を彷徨する、閉じた恋の瞳。そう、あなたが、私を招き寄せたのね」
「……今の私は本当の私じゃない。ただ無意識の奥深くに潜む影。魔力を失ったあなたを呼び寄せるためには、普遍的無意識の広大な海に、深く深く、自分の名残を忍び込ませるしかなかった。……でも、ずいぶん待ちくたびれちゃったよ。あなたに出会うまで、一体、どれだけの時間が経ったんだろう。――あなたに、伝えたいことがあるんだ」
「私に……?」
こいしは静かに微笑んだ。そして、詩の一節でも暗誦するように、こういった。
「幻想郷は滅んだよ。あなたという存在を失ったがために、幻想郷はある異変を解決できなかったんだ。だから、滅んだ。私はそれを伝えるために、無意識の海で、ただあなたを待っていた。待っていた――」