「東方Project」二次創作 パチュリーのたまには動く大図書館6.5 #2
2015/03/07/Sat
「今夜は何がよろしいでしょうか?」
「カレーライスかハンバーグか塩ラーメンが食べたい」
「それでは肉じゃがにしますね」
「……ま、いいけど」
咲夜はにっこりと私に微笑んで図書館から去って行った。去って行ったといっても、彼女は気づいたときにはもうすでにいなくなっている。やってくるときもいつも唐突で、いなくなるときも常にいきなりだ。彼女に特有なそんな振舞いにはすっかり慣れているからもはや驚くこともないけれど、いつか咲夜は私の前から消えてもう二度と現れないなんてことになりはしないかと頭の片隅で空想することがあった。……時間や空間を操る彼女の能力は長く魔法使いをやっている自分にとってもあまりに異質で驚異的な力に感じられる。しかし、毎日こうして彼女の力を目の当たりにしていると感覚が麻痺してしまい、咲夜が時間を支配するのはごく当たり前なことと意識されて、いつしか彼女の力を恐れることも疑問視することも、やがては警戒することさえ怠るようになってしまう。なぜなら、人はあらゆるものに慣れてしまう生き物だからだ。……人間は愚鈍にできている。事物や事象を認識するというごく自然な人間的能力さえ、ともすると人は生きていくうちに感受性を摩滅し、失ってしまう。それはつまり科学や魔法といった能力を喪失することだ。なぜなら、科学や魔法は人間の認識の表現の形態でしかなく、科学と魔法を分かつものはその形態の差異であり、本質はどれも同じものだからだ。換言すれば、人間は何をどう認識できるのか、人が世界を認識するとはどういうことなのかと、それを問うことが魔法の、広い意味での科学の意味なのだ。だが、そういった能力さえ軽んじ、あまつさえ見失ってしまうことがあるのは、人間が怠惰に流されやすい傾向を生来的に備えているからなのだろう。……なぜ、そんな傾向があるのかな。……たぶん、そうしたほうが生きやすいからだ。ここに生命と知性を一つの存在の内に両立させることの最大の矛盾が潜んでいる。人間という存在の根本的な欠陥が秘められている。
「……またちょっと思考が暴走してきたかな」
そう呟いて、私は机の上に広げていた資料に再び目を落とした。しばらく古い羊皮紙に記された文字を丹念に追っていく。それからふとある文献が気になり、私は立ち上がり、書棚の奥に足を運んだ。――かび臭いにおいが鼻につく。書物の堆積のすき間をふらふらとさまよい、やがて目当ての本を見つけ、棚の上に手を伸ばそうとした瞬間、立ちくらみだろうか、ふと意識が揺らぎ、私は倒れそうになる……そして、再び意識を取り戻した瞬間、私は自分が果てしのない廊下の途上にいることに気づいた。
「……あれ?」
最初は夢でも見ているのかと思った。次に、自分は調べ物をしているときに貧血で倒れてそのまま死んでしまい、今見ているのはあの世の光景なのだろうかと、そんなことを考えた。だけれど、自分の身体はしっかりと実感できるし、何より、この廊下があそこに通じていることを私はすぐに悟る。そう、妹様の幽閉されている、あの永遠の地下牢へと続く途上に、私はいきなり飛ばされたのだ。
「テレポーテーション……? ……何かの異変? いえ、私は何も感じなかった」
紅魔館には私が仕掛けた結界が幾十にも張り巡らされている。またレミィの使役するコウモリを始めとした使い魔が四方を守護している。私たちに気づかれず、何ものかが侵入するのは不可能だし、あまつさえ私に何かしらの作為を働くことなど不可能なはず。
「あるいは私たちを凌駕する能力の持ち主か。……いや、そう考えるのは非現実的だし理屈に合わない」
……それに、そう、何かがおかしい。――宙をふわふわと飛びながら、私は腕を組んで、考える。……そう、おかしいのは、この廊下だ。進んでも進んでも果てが見えない。振り返っても、出口が見えない。奥も先も私から無限に遠く離れているように感じられる。まるでアキレスの亀だ。この状況が意味するところは、つまり、
「咲夜の能力が機能している、ということ。彼女が空間をいじっている。……そうだ、この館には私やレミィのものだけじゃなく、咲夜の力も強力に作用している。これは、だから、つまり……」
そこまで思考を進めると、猛烈に嫌な予感がした。私は飛ぶスピードを速める。だが、行けども行けどもどこへもたどり着きそうにもない。眩暈がしてくる。いや、壁に何かが現れた。正確には、それは最初からそこにあったようにさえ感じられた――時間と空間が操作されている。つまり私の記憶、認知さえも歪められている、支配されている――その時計が指し示す時刻は、しかしどれもバラバラで、今が何時かは永久にわからない。さらに奇妙なことに、その時計の針は普通の時計とは反対方向に回転していることが、しばらく観察して、わかった。要するに、この時計は……
「――過去を刻む時計。パチュリー、それがあなたに残されている可能性」
無限に続く廊下の静寂を打ち破る声。……私の目の前に赤い瞳をしたフランドールが、糸で操られるマリオネットのように、そのか細い肢体を揺らしながら、私の目の前に幽鬼のように現れた。
「カレーライスかハンバーグか塩ラーメンが食べたい」
「それでは肉じゃがにしますね」
「……ま、いいけど」
咲夜はにっこりと私に微笑んで図書館から去って行った。去って行ったといっても、彼女は気づいたときにはもうすでにいなくなっている。やってくるときもいつも唐突で、いなくなるときも常にいきなりだ。彼女に特有なそんな振舞いにはすっかり慣れているからもはや驚くこともないけれど、いつか咲夜は私の前から消えてもう二度と現れないなんてことになりはしないかと頭の片隅で空想することがあった。……時間や空間を操る彼女の能力は長く魔法使いをやっている自分にとってもあまりに異質で驚異的な力に感じられる。しかし、毎日こうして彼女の力を目の当たりにしていると感覚が麻痺してしまい、咲夜が時間を支配するのはごく当たり前なことと意識されて、いつしか彼女の力を恐れることも疑問視することも、やがては警戒することさえ怠るようになってしまう。なぜなら、人はあらゆるものに慣れてしまう生き物だからだ。……人間は愚鈍にできている。事物や事象を認識するというごく自然な人間的能力さえ、ともすると人は生きていくうちに感受性を摩滅し、失ってしまう。それはつまり科学や魔法といった能力を喪失することだ。なぜなら、科学や魔法は人間の認識の表現の形態でしかなく、科学と魔法を分かつものはその形態の差異であり、本質はどれも同じものだからだ。換言すれば、人間は何をどう認識できるのか、人が世界を認識するとはどういうことなのかと、それを問うことが魔法の、広い意味での科学の意味なのだ。だが、そういった能力さえ軽んじ、あまつさえ見失ってしまうことがあるのは、人間が怠惰に流されやすい傾向を生来的に備えているからなのだろう。……なぜ、そんな傾向があるのかな。……たぶん、そうしたほうが生きやすいからだ。ここに生命と知性を一つの存在の内に両立させることの最大の矛盾が潜んでいる。人間という存在の根本的な欠陥が秘められている。
「……またちょっと思考が暴走してきたかな」
そう呟いて、私は机の上に広げていた資料に再び目を落とした。しばらく古い羊皮紙に記された文字を丹念に追っていく。それからふとある文献が気になり、私は立ち上がり、書棚の奥に足を運んだ。――かび臭いにおいが鼻につく。書物の堆積のすき間をふらふらとさまよい、やがて目当ての本を見つけ、棚の上に手を伸ばそうとした瞬間、立ちくらみだろうか、ふと意識が揺らぎ、私は倒れそうになる……そして、再び意識を取り戻した瞬間、私は自分が果てしのない廊下の途上にいることに気づいた。
「……あれ?」
最初は夢でも見ているのかと思った。次に、自分は調べ物をしているときに貧血で倒れてそのまま死んでしまい、今見ているのはあの世の光景なのだろうかと、そんなことを考えた。だけれど、自分の身体はしっかりと実感できるし、何より、この廊下があそこに通じていることを私はすぐに悟る。そう、妹様の幽閉されている、あの永遠の地下牢へと続く途上に、私はいきなり飛ばされたのだ。
「テレポーテーション……? ……何かの異変? いえ、私は何も感じなかった」
紅魔館には私が仕掛けた結界が幾十にも張り巡らされている。またレミィの使役するコウモリを始めとした使い魔が四方を守護している。私たちに気づかれず、何ものかが侵入するのは不可能だし、あまつさえ私に何かしらの作為を働くことなど不可能なはず。
「あるいは私たちを凌駕する能力の持ち主か。……いや、そう考えるのは非現実的だし理屈に合わない」
……それに、そう、何かがおかしい。――宙をふわふわと飛びながら、私は腕を組んで、考える。……そう、おかしいのは、この廊下だ。進んでも進んでも果てが見えない。振り返っても、出口が見えない。奥も先も私から無限に遠く離れているように感じられる。まるでアキレスの亀だ。この状況が意味するところは、つまり、
「咲夜の能力が機能している、ということ。彼女が空間をいじっている。……そうだ、この館には私やレミィのものだけじゃなく、咲夜の力も強力に作用している。これは、だから、つまり……」
そこまで思考を進めると、猛烈に嫌な予感がした。私は飛ぶスピードを速める。だが、行けども行けどもどこへもたどり着きそうにもない。眩暈がしてくる。いや、壁に何かが現れた。正確には、それは最初からそこにあったようにさえ感じられた――時間と空間が操作されている。つまり私の記憶、認知さえも歪められている、支配されている――その時計が指し示す時刻は、しかしどれもバラバラで、今が何時かは永久にわからない。さらに奇妙なことに、その時計の針は普通の時計とは反対方向に回転していることが、しばらく観察して、わかった。要するに、この時計は……
「――過去を刻む時計。パチュリー、それがあなたに残されている可能性」
無限に続く廊下の静寂を打ち破る声。……私の目の前に赤い瞳をしたフランドールが、糸で操られるマリオネットのように、そのか細い肢体を揺らしながら、私の目の前に幽鬼のように現れた。