吉行淳之介「やややのはなし」
2008/11/16/Sun
「平成四年に出されたエッセイ集ということで、吉行の著作のなかでもとくに最晩年の一冊といってよいものかなって思うけど、でもたかだかそれくらいしか以前の本でないのに、吉行淳之介って作家はもう人の口に上るとこではなくなっちゃってるんだなって気持が、ふとした。‥私はよく流行作家は消えちゃうものかなってことをいうけど、でもそれは少し文学史なり往事の風俗史なりを紐解いてみれば瞭然とすることであって、それは本書に載せられた日本文学の一情景がどれだけの人の頭に浮び、そして残るかなということを、少しだけ私にある哀歓の調を伴って、思われることの理由でもあるのかなって思う。もちろん本書自体に、そんなセンチメンタルな感想を抱く人はいないかなだけどね。」
「ただ各種文学者の葬儀の模様なども吉行の筆に乗って記されているから、そういった戦後からの日本の文壇の様子に関心を抱く者にとっては、なかなか興趣に堪えない内容ではあるのでしょうね。ま、こうして平成も二十年を数えるという時世に吉行の手にかかる文章を読むというのは、なかなかどうして時代を思わせられるという気分はあるかしら。しかし意外とというか、ある部分ではまったく古びた印象を与えないのは、これは文学のもつ普遍性と、吉行の才能の一端なのでしょうね。そこは興味深いことよ。」
「女の問題を描きつづけた吉行だから、かな。あと子ども時代の思い出をよくつづる吉行の傾向は、人によってある種免れない過去の記憶と現在の自分の係りあい方のひとつのパターンを示すことになるだろから、そういった点から文学の超時代的な相貌というのはうかがわれるのだと思う。‥あとは、そだな、本書でまたつくづくと思ったけど、吉行という人はほんとに病気病気の連続の人生を送った人だったのだなってことを、あらためて認識させられた。時代を象徴する疾病であった結核から、白内障を経ての右目の失明、それの手術、さらには各種アレルギーから鬱病まで。ここまでいろいろな病気を経験したって人もなかなかないのでないかなって思うし、下手を打っちゃってたら、吉行は七十歳まで生きることはできなかったろなって気がする。‥べつな言い方をすれば、吉行はとうてい生き延びられない局面を生き残ってきた人でもあったのだろな。でもそんな波乱万丈から来るニヒリズムや世を儚む厭世観から、まったくぜんぜん無縁であれたのが、吉行のちょっと尋常でないとこだったって、私は思うかな。吉行って、病気の愚痴、ぜんぜん書かないものね。それは少し呆れちゃうくらい。」
「ダンディズムとかスタイルのためだとか、そういった匂いもしないのが少し不思議なところかしらね。吉行という人はおもしろいほどにほのぼのと、ある意味泰然として文筆をやっていたのでないかと、疑えるような面もある性格の文章家であった。ま、だから後輩を騙すような形で高価な時計をせしめたりだの、麻雀なんかで相当理不尽に暴れたりだの、殴りあいをやったりだの、そういったことを臆面なく文章にしてしまうといったちょっと無頼なところもあったけれど、本性はこれでどうして掴みがたいのよ。ま、それがたまらなくおもしろいのでしょうけど。」
吉行淳之介「やややのはなし」
「ただ各種文学者の葬儀の模様なども吉行の筆に乗って記されているから、そういった戦後からの日本の文壇の様子に関心を抱く者にとっては、なかなか興趣に堪えない内容ではあるのでしょうね。ま、こうして平成も二十年を数えるという時世に吉行の手にかかる文章を読むというのは、なかなかどうして時代を思わせられるという気分はあるかしら。しかし意外とというか、ある部分ではまったく古びた印象を与えないのは、これは文学のもつ普遍性と、吉行の才能の一端なのでしょうね。そこは興味深いことよ。」
「女の問題を描きつづけた吉行だから、かな。あと子ども時代の思い出をよくつづる吉行の傾向は、人によってある種免れない過去の記憶と現在の自分の係りあい方のひとつのパターンを示すことになるだろから、そういった点から文学の超時代的な相貌というのはうかがわれるのだと思う。‥あとは、そだな、本書でまたつくづくと思ったけど、吉行という人はほんとに病気病気の連続の人生を送った人だったのだなってことを、あらためて認識させられた。時代を象徴する疾病であった結核から、白内障を経ての右目の失明、それの手術、さらには各種アレルギーから鬱病まで。ここまでいろいろな病気を経験したって人もなかなかないのでないかなって思うし、下手を打っちゃってたら、吉行は七十歳まで生きることはできなかったろなって気がする。‥べつな言い方をすれば、吉行はとうてい生き延びられない局面を生き残ってきた人でもあったのだろな。でもそんな波乱万丈から来るニヒリズムや世を儚む厭世観から、まったくぜんぜん無縁であれたのが、吉行のちょっと尋常でないとこだったって、私は思うかな。吉行って、病気の愚痴、ぜんぜん書かないものね。それは少し呆れちゃうくらい。」
「ダンディズムとかスタイルのためだとか、そういった匂いもしないのが少し不思議なところかしらね。吉行という人はおもしろいほどにほのぼのと、ある意味泰然として文筆をやっていたのでないかと、疑えるような面もある性格の文章家であった。ま、だから後輩を騙すような形で高価な時計をせしめたりだの、麻雀なんかで相当理不尽に暴れたりだの、殴りあいをやったりだの、そういったことを臆面なく文章にしてしまうといったちょっと無頼なところもあったけれど、本性はこれでどうして掴みがたいのよ。ま、それがたまらなくおもしろいのでしょうけど。」
吉行淳之介「やややのはなし」
