吉行淳之介「春夏秋冬 女は怖い なんにもわるいことしないのに」
2008/11/23/Sun
「表題はたぶん吉行のいちばんの名文句「春夏秋冬女は怖い」ということで、吉行淳之介が過去さまざまに見聞した女性にまつわる文学者や友人やそして自分自身の体験も含めた諸々について記された、気ままな随筆集といったところかな。ちょっとした女性論といってもいい内容で、口軽な文体の裏に吉行の長年の女性遍歴の実地に裏打ちされた勘が冴えることもあって、読者としては興味深甚としてよいと思う。‥現代の情勢からいったら、とうてい気軽に口に出せないなって思えちゃうよな発言も随所にみられるから、そこのとこも注目しておもしろい部分だと思う。まじめで一所懸命な女性論者からしたら、激昂しちゃいそなとこ、たぶん盛りだくさん。だからこのエントリも軽く表面を撫ぜるだけで、ね。済ませよかな。」
「意外とその印象に反して自身の女性観を小説以外の形ではそれほどはっきりとは語っていない吉行が、臆面なく白状してしまっている記述がけっこうあるのよね。もちろん吉行の文体だから難解な思想だの哲学的言述だのは見当らないことだけれど、ちょっとした雑談といったふうな語り口から覗ける素顔は存外におどろかせるような側面もあるかしら。」
「小説家はストーカーにあいやすいとかって話を開陳しちゃうとことかとくにかな。今さらとりたてて主張すべきことじゃないけど、小説家やそれに類する有名人が思いこみのつよい人につきまとわれちゃうってことは古今東西いつでも見受けられることで、そしてこの本でおもしろいのは吉行が自分のストーカー被害の実際を書いちゃってるとこ。ある日唐突に知らない女性から葉書がまいにち二、三通ずつ届くようになったっていうのがはじまりで、その文面は有名小説の丸々引用で埋められてたっていうのが洒落てるようでけっこう不気味。宛名から調べてみるとインテリ風の大病院に勤務してる薬剤師とかで、美人として評判もいいみたいなことがわかってくる。冷や冷やした気分でいると案の定その女性は突然吉行宅を訪問して、何をするかと思ったら玄関のとこにがんと腰を下してそれから沈黙、動かない。なんの一言もなくて吉行はこわくなっちゃって部屋に引っこんじゃったけど、それじゃ埒があかないからもう出てけーとか肩を揺さぶっても反応なし。吉行はあきらめて不安な気持のまま部屋に退いたのだけど、いつのまにやらその女性は消えてたって。なんだったのかーって吉行は慨嘆したけど、しばらくして分厚い手紙が家に届く。開いてみるとだれからか、その女性だった。読んでみると吉行愕然、「先日は、とてもおやさしくしていただいて、ほんとに感激しました」の文章にはじまる、とても自然で、とても感情に富んだ一節が記されてた。同封されてたのは喘息の粉薬。さすが薬剤師って思いたいとこだけど、薬を包む紙は、べっとり何かで濡れていた。それは唾液? それとも‥」
「あるのよね、そういうこと。そしてこの手の事態に遭遇するのは何も有名人とは限らない。正直だれもがこういった事態には陥る可能性はあるのよ。そこで肝に銘じておきたいのは、理論的な会話は相手とはまず確実に成り立たないということなのよね。理性でどうにかしようとしても絶対に無理なのよ。そして肝心などういう人が被害にあいやすいかといえば、ま、ぶっちゃけモテるというか、ある魅力の部分がある人ということになるのでしょうけど。やれやれね。」
「たぶんその魅力は、付け入られやすい隙でもあるのだよね。だからモテたいとかいわないほうがよろしだよ。そしてモテの結果生まれる事態は、実は恋愛の幸福とは似て非なるものを用意するだけなんだよ。といっても、たぶんわかる人にはすんなり伝わることで、そうでない人にはふざけるなーって石礫投げられてもしかたなしのことかもかな。‥とりあえず、こんなふうに吉行のおもしろくて笑えちゃう、でもよく考えてみると背筋が凍るようなエッセイが収録されてる魅力的といっていい本書なのだけど、さいごにひとつ、ここだけ引用したなら誤解と非難の嵐だろなって思えちゃう部分を抜き出して、このエントリは終ろかな。冗談のようだけど、ここの吉行はひどく切実に訴えてるようにみえちゃうのがおかしなところ。小説のなかでだって、こんな真剣な吉行なかったのでない? ここに興味をもてたなら、本書は買っても損ないかも。」
「非常にミスリードを誘いやすいか、さてはわかりすぎるほどわかってしまうか、そのいずれかに反応は分かれるでしょうね。はてさて、どうかしら。春夏秋冬女は怖い、か。もはや現代では男女問わずよく理解されていることなのか、それともアリストファネスの時代から人間の本質が変わっていないことに苦笑するほかないことなのか、人間というものはわからないものね。ま、だから生きていておもしろいのでしょうけど。男女の性的差異があるということは、世のなかをおもしろくするひとつの要素よ。ま、がちがちの論理で覆えるものでもないし、それくらいに捉えておくほうが賢いのじゃないかしら。楽しくありたいものでしょう。ちがいなく?」
『女は自分が宇宙の中心にいる、とおもっている。つまり、自分は大きな円で、小さな点などは覆ってしまって問題にしない。
一方、男は自分は大きい円の上を移動している点だ、という意識をもって、行動している。たとえば、車を運転しているとき、全体の車の流れをチェックしながら、そこに自分の車がどういう形で存在しているか、といつも考えている。だから、いきなり右へ曲ったり、停ったりすることはないわけです。
こういう精神構造の差は、当然肉体構造のちがいからきている。
それでは、その違いとはなにか、それは子宮だ。
そういう言い方は軽率なんじゃあるまいか、つまり、性器ということになれば、男にだって結構複雑でデリケートなものが存在しているではないか。子宮、子宮と一方的に言うのはどんなものか。
しかし、やはり元凶は子宮なんですよ。』
吉行淳之介「春夏秋冬 女は怖い なんにもわるいことしないのに」
吉行淳之介「春夏秋冬 女は怖い なんにもわるいことしないのに」
「意外とその印象に反して自身の女性観を小説以外の形ではそれほどはっきりとは語っていない吉行が、臆面なく白状してしまっている記述がけっこうあるのよね。もちろん吉行の文体だから難解な思想だの哲学的言述だのは見当らないことだけれど、ちょっとした雑談といったふうな語り口から覗ける素顔は存外におどろかせるような側面もあるかしら。」
「小説家はストーカーにあいやすいとかって話を開陳しちゃうとことかとくにかな。今さらとりたてて主張すべきことじゃないけど、小説家やそれに類する有名人が思いこみのつよい人につきまとわれちゃうってことは古今東西いつでも見受けられることで、そしてこの本でおもしろいのは吉行が自分のストーカー被害の実際を書いちゃってるとこ。ある日唐突に知らない女性から葉書がまいにち二、三通ずつ届くようになったっていうのがはじまりで、その文面は有名小説の丸々引用で埋められてたっていうのが洒落てるようでけっこう不気味。宛名から調べてみるとインテリ風の大病院に勤務してる薬剤師とかで、美人として評判もいいみたいなことがわかってくる。冷や冷やした気分でいると案の定その女性は突然吉行宅を訪問して、何をするかと思ったら玄関のとこにがんと腰を下してそれから沈黙、動かない。なんの一言もなくて吉行はこわくなっちゃって部屋に引っこんじゃったけど、それじゃ埒があかないからもう出てけーとか肩を揺さぶっても反応なし。吉行はあきらめて不安な気持のまま部屋に退いたのだけど、いつのまにやらその女性は消えてたって。なんだったのかーって吉行は慨嘆したけど、しばらくして分厚い手紙が家に届く。開いてみるとだれからか、その女性だった。読んでみると吉行愕然、「先日は、とてもおやさしくしていただいて、ほんとに感激しました」の文章にはじまる、とても自然で、とても感情に富んだ一節が記されてた。同封されてたのは喘息の粉薬。さすが薬剤師って思いたいとこだけど、薬を包む紙は、べっとり何かで濡れていた。それは唾液? それとも‥」
「あるのよね、そういうこと。そしてこの手の事態に遭遇するのは何も有名人とは限らない。正直だれもがこういった事態には陥る可能性はあるのよ。そこで肝に銘じておきたいのは、理論的な会話は相手とはまず確実に成り立たないということなのよね。理性でどうにかしようとしても絶対に無理なのよ。そして肝心などういう人が被害にあいやすいかといえば、ま、ぶっちゃけモテるというか、ある魅力の部分がある人ということになるのでしょうけど。やれやれね。」
「たぶんその魅力は、付け入られやすい隙でもあるのだよね。だからモテたいとかいわないほうがよろしだよ。そしてモテの結果生まれる事態は、実は恋愛の幸福とは似て非なるものを用意するだけなんだよ。といっても、たぶんわかる人にはすんなり伝わることで、そうでない人にはふざけるなーって石礫投げられてもしかたなしのことかもかな。‥とりあえず、こんなふうに吉行のおもしろくて笑えちゃう、でもよく考えてみると背筋が凍るようなエッセイが収録されてる魅力的といっていい本書なのだけど、さいごにひとつ、ここだけ引用したなら誤解と非難の嵐だろなって思えちゃう部分を抜き出して、このエントリは終ろかな。冗談のようだけど、ここの吉行はひどく切実に訴えてるようにみえちゃうのがおかしなところ。小説のなかでだって、こんな真剣な吉行なかったのでない? ここに興味をもてたなら、本書は買っても損ないかも。」
「非常にミスリードを誘いやすいか、さてはわかりすぎるほどわかってしまうか、そのいずれかに反応は分かれるでしょうね。はてさて、どうかしら。春夏秋冬女は怖い、か。もはや現代では男女問わずよく理解されていることなのか、それともアリストファネスの時代から人間の本質が変わっていないことに苦笑するほかないことなのか、人間というものはわからないものね。ま、だから生きていておもしろいのでしょうけど。男女の性的差異があるということは、世のなかをおもしろくするひとつの要素よ。ま、がちがちの論理で覆えるものでもないし、それくらいに捉えておくほうが賢いのじゃないかしら。楽しくありたいものでしょう。ちがいなく?」
『女は自分が宇宙の中心にいる、とおもっている。つまり、自分は大きな円で、小さな点などは覆ってしまって問題にしない。
一方、男は自分は大きい円の上を移動している点だ、という意識をもって、行動している。たとえば、車を運転しているとき、全体の車の流れをチェックしながら、そこに自分の車がどういう形で存在しているか、といつも考えている。だから、いきなり右へ曲ったり、停ったりすることはないわけです。
こういう精神構造の差は、当然肉体構造のちがいからきている。
それでは、その違いとはなにか、それは子宮だ。
そういう言い方は軽率なんじゃあるまいか、つまり、性器ということになれば、男にだって結構複雑でデリケートなものが存在しているではないか。子宮、子宮と一方的に言うのはどんなものか。
しかし、やはり元凶は子宮なんですよ。』
吉行淳之介「春夏秋冬 女は怖い なんにもわるいことしないのに」
吉行淳之介「春夏秋冬 女は怖い なんにもわるいことしないのに」
