ポール・ヴァレリー「エウパリノス・魂と舞踏・樹についての対話」
2008/12/16/Tue
「独自の晦渋さをもつポール・ヴァレリーのプラトンに倣ったソクラテスとその愛弟子との対話を通じて描出される強靭な思考の軌跡。ヴァレリーというと、日本では小林秀雄などによる詩人としての側面がつよいかなって気もするけど、本書のヴァレリーが問題とし提示する実に多岐にわたる著述の広大さは、ひとえにヴァレリーを単純に詩人としても作家としても評論家としても把握できそうにない、そのヴァレリーゆえの個性のために生まれるものかなって気がする。だから本作品の概略をかんたんにつまんでエントリに仕上げるっていうのは無理なことで、少し私の手にあまるかなって思うし、またその思索の豊穣さにはちょっと辟易しちゃう部分もあることを私は認めないでないわけにはいかないかなとも思うかな。難解といえば難解。でもこの難解さは、なんだろね。ちょっと言葉に詰っちゃうものあるかもかな。」
「第三共和制フランスを代表する知性と称せられるヴァレリーは、その経歴と業績もまた個性あふれるものなのよね。彼は若いころは詩に情熱を燃やし百篇余にも上る習作を築いたといわれるけど、次第に創作への関心は失せ、そして二十歳頃にヴァレリーの内面を大きく動揺させる、彼自身が述べるところによれば決定的な出来事が招来する。この内的転換が何を意味するのかといえば、ま、大きな学術的対象になりこそすれ、だれかが確実なことを端的に説明することは不可能なことなのでしょう。」
「嵐の夜、稲妻の煌くなかで、自分の生き方への巨大な決断を下した神話的一夜、かな。ヴァレリー自身がいうところのものを信じないわけにはいかないけど、でもそれってなんなのかーって疑問に思っちゃうのが人の心。でもとにかくヴァレリーがこの出来事以後詩作をしなくなったことはたしかで、彼はそれから文芸書の類は一切顧みなくなって手にとるのは物理学や数学の本ばかりになったって聞く。そしてレオナルド・ダ・ヴィンチの愛好者であった彼はダ・ヴィンチが実際にしてたっていう、その日その日の思索を手帳‥カイエに記してくことをみずからの生活の規律とし、以来、表面は実直なとある会社経営者の個人秘書となって働き、暇を見てはカイエに思想を書き連ねるといった日々を送ってく。そしてそんな思索の暮しが契機を迎えるのは第一次大戦後の一九一七年であって、みずからに詩を書くことを禁じていたヴァレリーは戦争って波乱の時代へ抵抗するかのように詩業を再開し、彼の筆になる詩作品はヨーロッパに絶賛のもとに認められることとなった。‥それ以後ヴァレリーは著作を重ね、フランスの代表的知性とまで謳われることになるのだけど、ちょっと尋常じゃない人だってことはこれだけでもわかるよね。人知れず書きつづられたカイエの量は、数万ページにまで及ぶっていうから、ふしぎな人。」
「まさに孤高の思索者という呼名がぴったりと来る人物かしら。そしてそんなヴァレリーの諸作品のなかでも建築についての論及を手がかりに人の精神のあり方に問いを進めていく「エウパリノス」、身体芸術の花形でありそれだけに留まらない創作行為の本質を穿つであろう舞踏について論じた「魂と舞踏」、さらに最晩年の樹木についての詩的な記述からはじまる思考の形態と美について問答を重ねる「樹についての対話」、これらを納めた本書はなかなかヴァレリーのそういった特異性と強靭さを浮き彫りにしてくれる一冊といえるかしらね。まちがいなく読み応えはあるでしょうよ。」
「それじゃさいごに本書についての私なりの感想を述べておこかな。‥まずヴァレリーの目指すところのものはなんだったのかなって疑問があって、私はそれは思索による思索のための思索、つまり何ごとかを判然としたいがために問いを廻らすのでなくて、ただ思考その本来のあり方を知りたいがために‥それは人間の精神本来を知る探求にほかならない‥ヴァレリーの著作というのはあったのでないかなって思う。そしてそれはかつてプラトンが試みたことと似てるのであり、ヴァレリーが語るものはイデア論のヴァレリーなりの遥か先、その一歩前への試みでなかったか。‥レオナルド・ダ・ヴィンチが万能の天才であれたのは、彼が注目し考察したのが「何ごとか」でなくて、「方法そのものイコール思索それ自体イコール精神」であったからなんだよね。そう考えたうえで本書に当ると、また見えてくるものはちがってくるのじゃないかなって私は思う。精神に囚われた探求者の姿が、そこにはうかがえるはずだから。」
「きわめて抽象的な課題ではあるのよね。そして洪水のように襲いくるヴァレリーの問答を咀嚼するのは、なかなかどうして大変なことよ。ま、しかし、であればこそやりがいのある一冊ともいえるのでしょうが、難儀なことよね。ただこれほど比類ない重厚さをもつ本は滅多にほかにはないだろうことは、確実にいえることではあるでしょう。覚悟してとり組む甲斐のある一冊よ。」
『そうだ…… 放散する瞑想はわたしを酔わせる…… そしてわたしは感じるのだ、ありとあらゆる語がわたしの魂のなかでざわめくのを。』
ポール・ヴァレリー「樹についての対話」
ポール・ヴァレリー「エウパリノス・魂と舞踏・樹についての対話」
「第三共和制フランスを代表する知性と称せられるヴァレリーは、その経歴と業績もまた個性あふれるものなのよね。彼は若いころは詩に情熱を燃やし百篇余にも上る習作を築いたといわれるけど、次第に創作への関心は失せ、そして二十歳頃にヴァレリーの内面を大きく動揺させる、彼自身が述べるところによれば決定的な出来事が招来する。この内的転換が何を意味するのかといえば、ま、大きな学術的対象になりこそすれ、だれかが確実なことを端的に説明することは不可能なことなのでしょう。」
「嵐の夜、稲妻の煌くなかで、自分の生き方への巨大な決断を下した神話的一夜、かな。ヴァレリー自身がいうところのものを信じないわけにはいかないけど、でもそれってなんなのかーって疑問に思っちゃうのが人の心。でもとにかくヴァレリーがこの出来事以後詩作をしなくなったことはたしかで、彼はそれから文芸書の類は一切顧みなくなって手にとるのは物理学や数学の本ばかりになったって聞く。そしてレオナルド・ダ・ヴィンチの愛好者であった彼はダ・ヴィンチが実際にしてたっていう、その日その日の思索を手帳‥カイエに記してくことをみずからの生活の規律とし、以来、表面は実直なとある会社経営者の個人秘書となって働き、暇を見てはカイエに思想を書き連ねるといった日々を送ってく。そしてそんな思索の暮しが契機を迎えるのは第一次大戦後の一九一七年であって、みずからに詩を書くことを禁じていたヴァレリーは戦争って波乱の時代へ抵抗するかのように詩業を再開し、彼の筆になる詩作品はヨーロッパに絶賛のもとに認められることとなった。‥それ以後ヴァレリーは著作を重ね、フランスの代表的知性とまで謳われることになるのだけど、ちょっと尋常じゃない人だってことはこれだけでもわかるよね。人知れず書きつづられたカイエの量は、数万ページにまで及ぶっていうから、ふしぎな人。」
「まさに孤高の思索者という呼名がぴったりと来る人物かしら。そしてそんなヴァレリーの諸作品のなかでも建築についての論及を手がかりに人の精神のあり方に問いを進めていく「エウパリノス」、身体芸術の花形でありそれだけに留まらない創作行為の本質を穿つであろう舞踏について論じた「魂と舞踏」、さらに最晩年の樹木についての詩的な記述からはじまる思考の形態と美について問答を重ねる「樹についての対話」、これらを納めた本書はなかなかヴァレリーのそういった特異性と強靭さを浮き彫りにしてくれる一冊といえるかしらね。まちがいなく読み応えはあるでしょうよ。」
「それじゃさいごに本書についての私なりの感想を述べておこかな。‥まずヴァレリーの目指すところのものはなんだったのかなって疑問があって、私はそれは思索による思索のための思索、つまり何ごとかを判然としたいがために問いを廻らすのでなくて、ただ思考その本来のあり方を知りたいがために‥それは人間の精神本来を知る探求にほかならない‥ヴァレリーの著作というのはあったのでないかなって思う。そしてそれはかつてプラトンが試みたことと似てるのであり、ヴァレリーが語るものはイデア論のヴァレリーなりの遥か先、その一歩前への試みでなかったか。‥レオナルド・ダ・ヴィンチが万能の天才であれたのは、彼が注目し考察したのが「何ごとか」でなくて、「方法そのものイコール思索それ自体イコール精神」であったからなんだよね。そう考えたうえで本書に当ると、また見えてくるものはちがってくるのじゃないかなって私は思う。精神に囚われた探求者の姿が、そこにはうかがえるはずだから。」
「きわめて抽象的な課題ではあるのよね。そして洪水のように襲いくるヴァレリーの問答を咀嚼するのは、なかなかどうして大変なことよ。ま、しかし、であればこそやりがいのある一冊ともいえるのでしょうが、難儀なことよね。ただこれほど比類ない重厚さをもつ本は滅多にほかにはないだろうことは、確実にいえることではあるでしょう。覚悟してとり組む甲斐のある一冊よ。」
『そうだ…… 放散する瞑想はわたしを酔わせる…… そしてわたしは感じるのだ、ありとあらゆる語がわたしの魂のなかでざわめくのを。』
ポール・ヴァレリー「樹についての対話」
ポール・ヴァレリー「エウパリノス・魂と舞踏・樹についての対話」
