「けいおん!」二次創作 Je vous aime jusqu'à la mort #5
2010/06/11/Fri
ライブの翌日、私と和ちゃん、そして唯ちゃんと澪ちゃんは、連れ立って街へ遊びに出かけていた。唯ちゃんはライブそのものよりもむしろ私たちとこうして遊んで回ることを楽しみにしていたようで、本番の演奏を少しも緊張に思っていないその気質は昔とちっとも変わっていないように思えた。そして無事に演奏を終えた澪ちゃんも今日は肩の荷が下りたかのようにリラックスしており、気ままに楽しんでいる唯ちゃんを何ごとかにつけサポートしている。こまめな澪ちゃんは唯ちゃんのためにどこをどう見て回るかといったプランをしっかりと下準備してきたのだろう。私と和ちゃんはただ澪ちゃんの計画に沿って、この一年で歩きなれた界隈をめぐれば事足りるのだった。
「昨日のドラムの人は私の知らない人だったけど、あの人は路上でやっているときに知り合ったの?」
「うん。ライブのオファーをしてくれた人が助太刀で紹介してくれたんだ。ほんの数回しか事前に合わせてなかったけど、本業の人はやっぱりすごいよね。ぴったり合ってた!」
「そうだったの。…でも私、昨晩の唯の歌を聞いて、本当に感動したのよ。すごくがんばっているのね、唯、見直したわ。」
「えへへ。和ちゃんに褒められるとうれしいなぁ。」
唯ちゃんは和ちゃんに率直に感心され、照れて笑う。前を行く二人のそんな会話を聞いていた私は、和ちゃんが驚いているのも無理はないと思うのだった。というのも、私はまったくの初心者だった唯ちゃんが一つひとつ段階を踏んでギターを覚えていく様子を一番近くで見てきたものの一人であり、その私にして、昨夜の唯ちゃんの演奏は並外れたものがあったと感じたからだ。正直、高校を卒業してまだ一年も経たないこの短期間で、あんなに唯ちゃんの音楽が変わっているとは、予想だにしていなかった。というのも、久しぶりに聞く唯ちゃんのギターと歌は、単純に腕前が上達したという表現に留まるものではなく、どういえば適切なのだろうか、あれは唯ちゃんにしか為しえない独自性を、それは以前も少なからず見受けられたものではあったろうが、しかしそれが明確に形を成して表出されるように、具体化されてきたというように感じられたからだった。…唯ちゃんは、もしかしたら、自分の才能を自覚しつつあるのかもしれないと、私は思った。今までは天然に自然のままに振舞っていた彼女が、自分の力を意識的に探り、掴みとろうとしている。…何がそこまで唯ちゃんを変えたのだろうと、私は気にせずにはいられなかった。
「すごいだろ、唯。ムギも、昨日は驚いたんじゃないかな。唯の演奏が、高校の頃と、ぜんぜんちがってて。」
「…うん。本当に驚いた。…澪ちゃんは、こういうふうに変化した唯ちゃんを、側でずっと見ていたのね。――何が、あったのかな。」
「唯の演奏が変わったのは、たぶん、私のせいもあると思う。それが、申し訳なくて…」
え?と私は横を歩く澪ちゃんの言葉に違和感を覚えた。申し訳ないって、どういう意味? しかし私がその疑問を発する間もなく、唯ちゃんが私たちを振り向き、声をあげる。
「ね、ね。次はムギちゃんオススメのケーキ屋さんに行こうよ! そのお店ってケーキ食べ放題なんだって!」
「あー…唯、あのさ。その前にちょっと本屋に寄ってもいい? 地元にはない大きな本屋に、せっかくだから行ってみたくて。ほら、ここからすぐだし。」
「えー。澪ちゃん、また、カロリー気にしてる? ちょっとくらい食べたって平気だよっ。」
「ち、ちがう! …そ、そりゃ、食べ放題だというのは、その、少し怖くはあるけど…」
あたふたと澪ちゃんが弁解している。一方、唯ちゃんはもうケーキが食べたくしてしかたがないといった様子。唯ちゃんはあまり本屋には興味がないだろうし、どうしようかなと思っていると、
「はいはい。じゃ、私と澪は本屋に寄っていくから、唯とムギは先にケーキ屋に行っているといいわ。…唯はお腹空いちゃっているのでしょ? すぐ合流するから、ね?」
と、和ちゃんがまとめてくれた。和ちゃんは、本当、頼りになる。
「ムギちゃん、どのケーキ選んだの? …わー、それもおいしそう。私、そっちにすればよかったかなぁ…」
「それじゃ半分こにして食べましょ? 食べ放題なんだから、焦らず味わおうね。」
ケーキをそれぞれ注文した私と唯ちゃんは席に落ちつき、店員の人がそしてお茶を運んでくる。クリスマス前ということで、店内にはクリスマスを想起させるデコレーションが施されており、私はその鮮やかな色合いを目に留めた。向かい合った唯ちゃんはすでにケーキを頬張っており、心の底からおいしそうに食べる唯ちゃんの笑顔は、本来なら私をほほ笑ましい気持ちにしてくれるものであるけれど、しかし今の私は唯ちゃんの心中、そしてさっきの澪ちゃんの言葉が気にかかり、ケーキの味もよくわからないほど気がそぞろだった。――この無邪気にケーキを味わう唯ちゃんが、昨晩の、なんとも胸を締めつける歌をうたった唯ちゃんと同じなのかしらと、私は自問した。
「――昨日のライブ、唯ちゃん、本当にすごかった。私、驚いちゃった。高校を卒業して暇がないのに、唯ちゃんは、とても変わった。」
「えへへ…そっかな、ムギちゃんに面といわれると、うれしくなっちゃう。」
私はぎゅっと手のひらを握る。そして、こういう。
「……何か、あったの、唯ちゃん。私には上手くいえないけれど、ただ練習を重ねるだけじゃ、昨日のような唯ちゃんの歌い方は、できないと思うの。どういう発見があって、ああいう演奏ができるようになったのか、よかったら、教えてもらえないかな。唯ちゃん。」
「私も、ああいう演奏の仕方があるんだってわかったの、そんなに前のことじゃないんだ。…うーん、三ヶ月くらい前のことかな。そのときに、その、いろいろあって…」
「何があったの? …唯ちゃんがいいたくないなら、もちろんいわなくていい。けど…」
友だちだから、私は唯ちゃんのことが心配なのと、私は言葉を続けた。唯ちゃんはしばらく手元のフォークをいじって、思案しているようだったが、最後には「ムギちゃんなら、いいよ。」と、いってくれた。
「澪ちゃんに、お弁当、作ったんだ。」
澪ちゃんと一緒に住むようになってから、少しずつ料理の勉強を始めたんだ。澪ちゃん一人に任せるのも悪かったし、それに憂がね、好きな人に自分の作った料理を食べてもらうのはうれしいことだよっていってて、憂はいつも楽しそうに家事してるから、私は憂のいってることはたぶん本当なんだって思って、それで、私も澪ちゃんに私の作った料理を食べてもらいたいなって思ったんだ。――夏休みで、その日、澪ちゃんは集中講義で学校に行くっていってたから、澪ちゃんをびっくりさせたくて、私は早起きして、朝ごはんとお弁当を作ったんだ。…早起きしたといっても、実はその夜、緊張してあまり眠れなくて、すぐ起きちゃったんだけど。…でね、私やっぱり不器用だから、できたお弁当もごはんもきれいにならなくて、困ったんだけど、でも目覚めた澪ちゃんがそれを見てすごく喜んでくれて、私の手を取って、こう、すごくうれしい。唯ありがとうって、いってくれて。――その後、澪ちゃんが家を出て、私は早く起きたからか眠くなっちゃって、寝直したんだけど、お昼頃かな、しばらくすると、携帯が鳴って、澪ちゃんからで、澪ちゃんはその日りっちゃんの家に泊るっていったんだ。…私はそれが本当は嫌だった。だって、今日、帰ったら、澪ちゃんはきっと私の弁当の感想をいってくれる。味付けは教えたとおりにできてたね、でもウインナー焦げてたぞ、唯は不注意だからいけないんだ、ほら火を使ってるときは手元に集中してっていつもいってるよね…
「……唯ちゃん?」
滔々と語っていた唯ちゃんの言葉が、そこで途切れた。唯ちゃんは、視線を落したまま、しばらくして、語を継ぐ。
「…きっと、澪ちゃんは、そんなふうにお弁当の感想をいってくれたと思うんだ。照れ隠しにそっぽ向いて、ちょっとぶっきらぼうに、いってくれたと、思うんだ。でも、澪ちゃんは、帰ってこなかった…」
一晩なら構わないと、唯ちゃんは思った。でも、それから数日、なんの連絡もなく、澪ちゃんは戻らない。唯ちゃんは連絡できない。嫌われたのじゃないかという不安が大きい。無機質な携帯を気にしながらも、それを使い、澪ちゃんにつながることができない。実家にも、唯ちゃんは戻れない。憂ちゃんになんていったらいいのか、わからない。もし憂ちゃんに事情を話したなら、心配した憂ちゃんはまちがいなく澪ちゃんに連絡し、唯ちゃんが知りたくない現実を、唯ちゃんに教えてしまうだろう。だから、それは、できない。
「私、嫌なんだ…。ムギちゃん、嫌なんだよ。澪ちゃんがいなくなっちゃうの、嫌なんだ。だって、だって、せっかく告白したのに、澪ちゃんが私と住んでくれるっていったのに、いなくなっちゃうなんて、私一人で取り残されるなんて、澪ちゃんに置いていかれるなんて、嫌なんだ。…りっちゃんのこと好きだけど、でも澪ちゃんと一緒にいてほしくない。…私、ひどい、嫌な、ばかな子なんだ。…でも、寂しい。だって、私、好きなんだもん…」
唯ちゃんは、いつの間にか、涙を滲ませていた。私はそっと手を伸ばす。…ああ、昨日の唯ちゃんの歌は、今、唯ちゃんが語ったような気持ちに根を持っているからこそ、私の胸を打ったのだと、私は得心した。
「――だから、結婚しなきゃ。結婚すれば、きっと、いつも、澪ちゃんは帰ってくる。澪ちゃんに、帰ってきてもらうために、結婚したい。」
「唯ちゃん…」
私は唯ちゃんの手を握った。テーブル越しに。熱っぽい瞳の唯ちゃんは私の手をじっと見つめる。
「なんで、ムギちゃんが泣いてるの?」
「…わからない、唯ちゃん?」
――だって、私たちは友だちじゃない。
「これから、何があっても、私は唯ちゃんの友だちよ。たとえ何があろうと、唯ちゃんがどうしようと、唯ちゃんが私をどれだけ嫌おうと、私は、唯ちゃんの味方よ。」
私は、あなたを、死ぬまで、愛します。
「…嫌うわけないよ。ムギちゃんはこんなに温かいもん。」
そういうと唯ちゃんは私の手を自らの頬に触れ合わす。唯ちゃんのぬくもりを私の手のひらは感じ、私は唯ちゃんの目下に伝う一滴の涙を人差し指に受けた。それはひやりと冷たかった。
「昨日のドラムの人は私の知らない人だったけど、あの人は路上でやっているときに知り合ったの?」
「うん。ライブのオファーをしてくれた人が助太刀で紹介してくれたんだ。ほんの数回しか事前に合わせてなかったけど、本業の人はやっぱりすごいよね。ぴったり合ってた!」
「そうだったの。…でも私、昨晩の唯の歌を聞いて、本当に感動したのよ。すごくがんばっているのね、唯、見直したわ。」
「えへへ。和ちゃんに褒められるとうれしいなぁ。」
唯ちゃんは和ちゃんに率直に感心され、照れて笑う。前を行く二人のそんな会話を聞いていた私は、和ちゃんが驚いているのも無理はないと思うのだった。というのも、私はまったくの初心者だった唯ちゃんが一つひとつ段階を踏んでギターを覚えていく様子を一番近くで見てきたものの一人であり、その私にして、昨夜の唯ちゃんの演奏は並外れたものがあったと感じたからだ。正直、高校を卒業してまだ一年も経たないこの短期間で、あんなに唯ちゃんの音楽が変わっているとは、予想だにしていなかった。というのも、久しぶりに聞く唯ちゃんのギターと歌は、単純に腕前が上達したという表現に留まるものではなく、どういえば適切なのだろうか、あれは唯ちゃんにしか為しえない独自性を、それは以前も少なからず見受けられたものではあったろうが、しかしそれが明確に形を成して表出されるように、具体化されてきたというように感じられたからだった。…唯ちゃんは、もしかしたら、自分の才能を自覚しつつあるのかもしれないと、私は思った。今までは天然に自然のままに振舞っていた彼女が、自分の力を意識的に探り、掴みとろうとしている。…何がそこまで唯ちゃんを変えたのだろうと、私は気にせずにはいられなかった。
「すごいだろ、唯。ムギも、昨日は驚いたんじゃないかな。唯の演奏が、高校の頃と、ぜんぜんちがってて。」
「…うん。本当に驚いた。…澪ちゃんは、こういうふうに変化した唯ちゃんを、側でずっと見ていたのね。――何が、あったのかな。」
「唯の演奏が変わったのは、たぶん、私のせいもあると思う。それが、申し訳なくて…」
え?と私は横を歩く澪ちゃんの言葉に違和感を覚えた。申し訳ないって、どういう意味? しかし私がその疑問を発する間もなく、唯ちゃんが私たちを振り向き、声をあげる。
「ね、ね。次はムギちゃんオススメのケーキ屋さんに行こうよ! そのお店ってケーキ食べ放題なんだって!」
「あー…唯、あのさ。その前にちょっと本屋に寄ってもいい? 地元にはない大きな本屋に、せっかくだから行ってみたくて。ほら、ここからすぐだし。」
「えー。澪ちゃん、また、カロリー気にしてる? ちょっとくらい食べたって平気だよっ。」
「ち、ちがう! …そ、そりゃ、食べ放題だというのは、その、少し怖くはあるけど…」
あたふたと澪ちゃんが弁解している。一方、唯ちゃんはもうケーキが食べたくしてしかたがないといった様子。唯ちゃんはあまり本屋には興味がないだろうし、どうしようかなと思っていると、
「はいはい。じゃ、私と澪は本屋に寄っていくから、唯とムギは先にケーキ屋に行っているといいわ。…唯はお腹空いちゃっているのでしょ? すぐ合流するから、ね?」
と、和ちゃんがまとめてくれた。和ちゃんは、本当、頼りになる。
「ムギちゃん、どのケーキ選んだの? …わー、それもおいしそう。私、そっちにすればよかったかなぁ…」
「それじゃ半分こにして食べましょ? 食べ放題なんだから、焦らず味わおうね。」
ケーキをそれぞれ注文した私と唯ちゃんは席に落ちつき、店員の人がそしてお茶を運んでくる。クリスマス前ということで、店内にはクリスマスを想起させるデコレーションが施されており、私はその鮮やかな色合いを目に留めた。向かい合った唯ちゃんはすでにケーキを頬張っており、心の底からおいしそうに食べる唯ちゃんの笑顔は、本来なら私をほほ笑ましい気持ちにしてくれるものであるけれど、しかし今の私は唯ちゃんの心中、そしてさっきの澪ちゃんの言葉が気にかかり、ケーキの味もよくわからないほど気がそぞろだった。――この無邪気にケーキを味わう唯ちゃんが、昨晩の、なんとも胸を締めつける歌をうたった唯ちゃんと同じなのかしらと、私は自問した。
「――昨日のライブ、唯ちゃん、本当にすごかった。私、驚いちゃった。高校を卒業して暇がないのに、唯ちゃんは、とても変わった。」
「えへへ…そっかな、ムギちゃんに面といわれると、うれしくなっちゃう。」
私はぎゅっと手のひらを握る。そして、こういう。
「……何か、あったの、唯ちゃん。私には上手くいえないけれど、ただ練習を重ねるだけじゃ、昨日のような唯ちゃんの歌い方は、できないと思うの。どういう発見があって、ああいう演奏ができるようになったのか、よかったら、教えてもらえないかな。唯ちゃん。」
「私も、ああいう演奏の仕方があるんだってわかったの、そんなに前のことじゃないんだ。…うーん、三ヶ月くらい前のことかな。そのときに、その、いろいろあって…」
「何があったの? …唯ちゃんがいいたくないなら、もちろんいわなくていい。けど…」
友だちだから、私は唯ちゃんのことが心配なのと、私は言葉を続けた。唯ちゃんはしばらく手元のフォークをいじって、思案しているようだったが、最後には「ムギちゃんなら、いいよ。」と、いってくれた。
「澪ちゃんに、お弁当、作ったんだ。」
澪ちゃんと一緒に住むようになってから、少しずつ料理の勉強を始めたんだ。澪ちゃん一人に任せるのも悪かったし、それに憂がね、好きな人に自分の作った料理を食べてもらうのはうれしいことだよっていってて、憂はいつも楽しそうに家事してるから、私は憂のいってることはたぶん本当なんだって思って、それで、私も澪ちゃんに私の作った料理を食べてもらいたいなって思ったんだ。――夏休みで、その日、澪ちゃんは集中講義で学校に行くっていってたから、澪ちゃんをびっくりさせたくて、私は早起きして、朝ごはんとお弁当を作ったんだ。…早起きしたといっても、実はその夜、緊張してあまり眠れなくて、すぐ起きちゃったんだけど。…でね、私やっぱり不器用だから、できたお弁当もごはんもきれいにならなくて、困ったんだけど、でも目覚めた澪ちゃんがそれを見てすごく喜んでくれて、私の手を取って、こう、すごくうれしい。唯ありがとうって、いってくれて。――その後、澪ちゃんが家を出て、私は早く起きたからか眠くなっちゃって、寝直したんだけど、お昼頃かな、しばらくすると、携帯が鳴って、澪ちゃんからで、澪ちゃんはその日りっちゃんの家に泊るっていったんだ。…私はそれが本当は嫌だった。だって、今日、帰ったら、澪ちゃんはきっと私の弁当の感想をいってくれる。味付けは教えたとおりにできてたね、でもウインナー焦げてたぞ、唯は不注意だからいけないんだ、ほら火を使ってるときは手元に集中してっていつもいってるよね…
「……唯ちゃん?」
滔々と語っていた唯ちゃんの言葉が、そこで途切れた。唯ちゃんは、視線を落したまま、しばらくして、語を継ぐ。
「…きっと、澪ちゃんは、そんなふうにお弁当の感想をいってくれたと思うんだ。照れ隠しにそっぽ向いて、ちょっとぶっきらぼうに、いってくれたと、思うんだ。でも、澪ちゃんは、帰ってこなかった…」
一晩なら構わないと、唯ちゃんは思った。でも、それから数日、なんの連絡もなく、澪ちゃんは戻らない。唯ちゃんは連絡できない。嫌われたのじゃないかという不安が大きい。無機質な携帯を気にしながらも、それを使い、澪ちゃんにつながることができない。実家にも、唯ちゃんは戻れない。憂ちゃんになんていったらいいのか、わからない。もし憂ちゃんに事情を話したなら、心配した憂ちゃんはまちがいなく澪ちゃんに連絡し、唯ちゃんが知りたくない現実を、唯ちゃんに教えてしまうだろう。だから、それは、できない。
「私、嫌なんだ…。ムギちゃん、嫌なんだよ。澪ちゃんがいなくなっちゃうの、嫌なんだ。だって、だって、せっかく告白したのに、澪ちゃんが私と住んでくれるっていったのに、いなくなっちゃうなんて、私一人で取り残されるなんて、澪ちゃんに置いていかれるなんて、嫌なんだ。…りっちゃんのこと好きだけど、でも澪ちゃんと一緒にいてほしくない。…私、ひどい、嫌な、ばかな子なんだ。…でも、寂しい。だって、私、好きなんだもん…」
唯ちゃんは、いつの間にか、涙を滲ませていた。私はそっと手を伸ばす。…ああ、昨日の唯ちゃんの歌は、今、唯ちゃんが語ったような気持ちに根を持っているからこそ、私の胸を打ったのだと、私は得心した。
「――だから、結婚しなきゃ。結婚すれば、きっと、いつも、澪ちゃんは帰ってくる。澪ちゃんに、帰ってきてもらうために、結婚したい。」
「唯ちゃん…」
私は唯ちゃんの手を握った。テーブル越しに。熱っぽい瞳の唯ちゃんは私の手をじっと見つめる。
「なんで、ムギちゃんが泣いてるの?」
「…わからない、唯ちゃん?」
――だって、私たちは友だちじゃない。
「これから、何があっても、私は唯ちゃんの友だちよ。たとえ何があろうと、唯ちゃんがどうしようと、唯ちゃんが私をどれだけ嫌おうと、私は、唯ちゃんの味方よ。」
私は、あなたを、死ぬまで、愛します。
「…嫌うわけないよ。ムギちゃんはこんなに温かいもん。」
そういうと唯ちゃんは私の手を自らの頬に触れ合わす。唯ちゃんのぬくもりを私の手のひらは感じ、私は唯ちゃんの目下に伝う一滴の涙を人差し指に受けた。それはひやりと冷たかった。