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2010/07/29/Thu
楽しいことだけを寄木細工のように積み重ねて生きていけるはずがないなんてことは、どんな小さな子どもだって経験の上で知っている。だから私は今が楽しければそれでいいとか、おもしろければなんでもいいじゃんとか、そういったことをいう人たちが嫌いだった。なぜなら楽しければそれでいいというのが決定的に欺瞞だからだ。楽しい時間はかならずいつか終りを迎えるし、楽しくなくても人は生きていかなくちゃいけない。つまらないからといって、すべてを投げ出すことなんて、人はできないから。投げ出せるほど、強くなんて、ないから。
私は律先輩に苛立った。努力を重ねることなく、表面的な仲のよさ、居心地のよさを追求してなんになるかって思ったからだ。
私はムギ先輩に苛立った。作曲の能力と確かな演奏の実力がありながら、遊びのような部活に耽溺し、それを肯定しているのが許せなかったからだ。
私は唯先輩に苛立った。他者がうらやむような才能と類稀な集中力を秘めながら、それを磨こうとせず、怠惰に流される弱さが気に入らなかったからだ。
私は澪先輩に苛立った。まじめに練習しようって意志がありながら、その意思を貫徹するにはあまりに弱い人だったからだ。
――私は、私に苛立った。先輩たちに苛立ちながらも、私はそんな先輩たちを、いつしか好きになっていたから。世界の誰よりも、好きになってしまっていたから……
「あずにゃんは、あずにゃんだよ。」
かつての私のように部活に真剣に取り組もうと思いながらも、先輩たちのノリに流され落ち込む私に、唯先輩はトートロジーでもって慰める。私は唯先輩のそんな言葉に戸惑いながらも、心の奥底では次のような思いを止められない。……唯先輩、それはあなただからいえるんです。私は私、それを悩む必要なんてないじゃないなんて言葉、それは自分を疑うことなく、ありのままの自分をなんの迷いもなく肯定できる、唯先輩のような人にしか、できないことなんですよ。人はみんな唯先輩のように、強くないんですよ。
(でもそんなことを唯先輩にいったところでなんになる。唯先輩の奔放さを傷つけるだけじゃないか……)
私は唯先輩の笑顔の前に押し黙る。それは私が唯先輩を好きなだけだからじゃなかった。私はこの人には敵わないんだと、私は理解していたからなんだ。
時間は瞬く間に過ぎていく。それを止めることは誰にもできない。夏が過ぎ、秋が来て、ライブがあった。冬が来て、年が明け、受験シーズンを越すと、卒業式が当然のように訪れた。……時は誰にも止められない。だからせめて思い出を作ろうと人はいう。……私は一生懸命にがんばった。大切な人たちと大切な時間を過せるように、思い出をわが身に焼きつけるように、愛しい人たちとかけがえのない時間を共有できるように、それをずっと価値ある思い出になせるように、私はただただがんばった。
そして、春が来た。当然のように、音楽室に残ったのは、私一人だった。