東方茨歌仙 第二話「意図的に捨てられた技術と地獄」
2010/09/26/Sun
「今回のフェブリは開いた冒頭さいしょのページがけいおんのあずにゃん特集で驚いた。なんで梓?と思うけど、個人的に梓は性格はともかく、造形的には一番気に入っている。なので梓の絵が見られる本はそれはそれでよろしかなとはとりあえず思う。」
「前回はこんなアニメのコラム的な紹介って載っていたかしら。記憶が曖昧だけれど、ま、こんな雑誌もありなのでしょう。」
「気をとりなおして茨歌仙の感想。‥今回の話は一読して、あれ、おもしろいって思っちゃった。なんだか、これは、おもしろい。というのも、ハッタリがよく効いている。常温核融合なんて話を持ち出すのは無茶があっておもしろいし、それを神さまの力を借りてなんとかするという発想も、先の儚月抄に見られた独創性が感じられておもしろい。‥これは以前もいったかなだけど、東方における神さまの描かれ方は日本人の神に対する特徴的な態度がよく表れていて見物だと思う。たとえば山本七平は日本人は神さまを万能の召使いとしてみなしているっていったけど、それは東方においても同様、霊夢は神さまを便利な道具のように思っていて、普段は信仰なんてさらさらしてない。そして生粋の巫女であろう早苗に至ってさえ、金属を用意するっていう世俗的、功利的目的のために、神さまを使役することをなんら問題と思ってない。まさか不敬とは露思ってない。ここに人が神を利用することをどうと思わない日本人らしさが表れているって、私は考える。」
「住吉三神も便利な道具扱いだったのはまだ記憶に新しいかしら。こういった神さまの描かれ方には、一神教に見られるであろう峻厳な父なる神のイメージ、人々にとって懲罰的な神のビジョンはまるでうかがうことができないのよね。また神さまのほうでも、人間にそう扱われることになんら不満を抱いていないのだから、日本という文化における神の特異性というものを、嫌でも意識しないわけにはいかないでしょう。そしてこういった神さま観は日本人に深く無意識に浸透したものと思える。というのも、儚月抄が連載されていた当時も、住吉三神について不敬だとかなんとかいう意見は知る限りにおいては見られなかったから。ま、おもしろいものね。」
「早苗さんが皮相浅薄な人間っていわれてるのには笑っちゃった。彼女の設定はそれだけ見ればいくらでも悲劇的になる要素を含んでいるのだけど、本人がきわめて軽いノリの性格だから、どこまでも気楽に見えちゃう。ここらの設定と実際の描写の矛盾は、たぶん作者の意図したところだろうかな。」
「気楽に生きるのが良いという話かしら。が、はてさて、どこかわざとらしくその手の主張が見えるのは、気のせいかしら。」
「ところで神奈子たち守矢一行の目的は、地霊殿のころから描かれてはいたけれど、とどのつまり、幻想郷のインフラを整備したいっていうことなのかな。神奈子ってそもそも農耕神なのだっけ、よく知らないけど。でもそう考えると話の流れとしてはよく理解できるし、生活環境を向上させて信仰を得ようって話もよくわかる。‥今回の話を読んで思い出したことに、小説でもインフラを整備してみんなでハッピーになろう!って訴える作品は少なくないなってことがある。たとえば有名どころでは、ゲーテの「ファウスト」のラストはファウストが民衆が公共事業をやっていて感動して時を止まれっていうものだし‥これはメフィストフェレスの陰謀だったんだけど‥ヴォルテールの「カンディード」もさいごは労働して日々を暮すのは最高だぜ!っていうものだった。‥と考えると、インフラ整備が作品のテーマの一つに選ばれるってことは、そう珍しくもない話なのかな、と思う。たぶん、でも東方は、そこまで勤勉な作品ではないだろうけど。」
「インフラを整備していく過程で、旧地獄との関係で華仙の過去を描いていくというのが本作の構成になるのかしらね。なんだか華仙の背景事情は、いつになくドラマチックなものになりそうで、楽しみね。次回も期待しましょうか。」
→ヴォルテール「カンディード」
「前回はこんなアニメのコラム的な紹介って載っていたかしら。記憶が曖昧だけれど、ま、こんな雑誌もありなのでしょう。」
「気をとりなおして茨歌仙の感想。‥今回の話は一読して、あれ、おもしろいって思っちゃった。なんだか、これは、おもしろい。というのも、ハッタリがよく効いている。常温核融合なんて話を持ち出すのは無茶があっておもしろいし、それを神さまの力を借りてなんとかするという発想も、先の儚月抄に見られた独創性が感じられておもしろい。‥これは以前もいったかなだけど、東方における神さまの描かれ方は日本人の神に対する特徴的な態度がよく表れていて見物だと思う。たとえば山本七平は日本人は神さまを万能の召使いとしてみなしているっていったけど、それは東方においても同様、霊夢は神さまを便利な道具のように思っていて、普段は信仰なんてさらさらしてない。そして生粋の巫女であろう早苗に至ってさえ、金属を用意するっていう世俗的、功利的目的のために、神さまを使役することをなんら問題と思ってない。まさか不敬とは露思ってない。ここに人が神を利用することをどうと思わない日本人らしさが表れているって、私は考える。」
「住吉三神も便利な道具扱いだったのはまだ記憶に新しいかしら。こういった神さまの描かれ方には、一神教に見られるであろう峻厳な父なる神のイメージ、人々にとって懲罰的な神のビジョンはまるでうかがうことができないのよね。また神さまのほうでも、人間にそう扱われることになんら不満を抱いていないのだから、日本という文化における神の特異性というものを、嫌でも意識しないわけにはいかないでしょう。そしてこういった神さま観は日本人に深く無意識に浸透したものと思える。というのも、儚月抄が連載されていた当時も、住吉三神について不敬だとかなんとかいう意見は知る限りにおいては見られなかったから。ま、おもしろいものね。」
「早苗さんが皮相浅薄な人間っていわれてるのには笑っちゃった。彼女の設定はそれだけ見ればいくらでも悲劇的になる要素を含んでいるのだけど、本人がきわめて軽いノリの性格だから、どこまでも気楽に見えちゃう。ここらの設定と実際の描写の矛盾は、たぶん作者の意図したところだろうかな。」
「気楽に生きるのが良いという話かしら。が、はてさて、どこかわざとらしくその手の主張が見えるのは、気のせいかしら。」
「ところで神奈子たち守矢一行の目的は、地霊殿のころから描かれてはいたけれど、とどのつまり、幻想郷のインフラを整備したいっていうことなのかな。神奈子ってそもそも農耕神なのだっけ、よく知らないけど。でもそう考えると話の流れとしてはよく理解できるし、生活環境を向上させて信仰を得ようって話もよくわかる。‥今回の話を読んで思い出したことに、小説でもインフラを整備してみんなでハッピーになろう!って訴える作品は少なくないなってことがある。たとえば有名どころでは、ゲーテの「ファウスト」のラストはファウストが民衆が公共事業をやっていて感動して時を止まれっていうものだし‥これはメフィストフェレスの陰謀だったんだけど‥ヴォルテールの「カンディード」もさいごは労働して日々を暮すのは最高だぜ!っていうものだった。‥と考えると、インフラ整備が作品のテーマの一つに選ばれるってことは、そう珍しくもない話なのかな、と思う。たぶん、でも東方は、そこまで勤勉な作品ではないだろうけど。」
「インフラを整備していく過程で、旧地獄との関係で華仙の過去を描いていくというのが本作の構成になるのかしらね。なんだか華仙の背景事情は、いつになくドラマチックなものになりそうで、楽しみね。次回も期待しましょうか。」
→ヴォルテール「カンディード」
