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2010/10/23/Sat
それから、ぽつりぽつりと澪ちゃんは事情を話し始めた。人は悲しみや怒りや憎しみや失意をそれほど自分のなかに溜め込んでおくことはできない。私が来たのは澪ちゃんに心の内に澱のように溜まったいろいろな気持を聞いてあげるためだった。それは澪ちゃんの幼なじみであるりっちゃんにはいえなくて、私にならいえること。私はそのことに関していくらか自信があった。今の澪ちゃんが直面している悩みは、きっと私には話してくれるんじゃないかって。だって、それは恋の悩み、どうしようもない心の衝動のための苦しみだったから。
「……唯がさ、私に、その、告白してくれて、私も思いを、ずっと隠してきた気持を、伝えようって思ったんだ。唯が勇気をもって私に向ってくれた姿が印象に残っていて、だから、私もって……」
「……」
「でも、私はだめだ。…唯より弱いよ。ふられちゃって、ずっと一緒だった律との長い関係がだめになるかと思うと、もう立てない。動けない気がするんだ…」
澪ちゃんのいうことは私にはよく理解できた、と思う。私も澪ちゃんにふられてすぐは、もう以前の間柄、放課後ティータイムの楽しかった時間には戻れないって考えた。
「実際、もう昔のようにはできないよな…」
「うん。」
「唯は私を好きで、私は律を好きで、でも私たち二人とも上手くいかなかった。…なんていうのかな、こんな感情をあらわにしちゃって、それでもまたのんきにお茶会なんて、できないよな。」
「そうかも…」
「……唯は、私に告白して、上手くいくって思った?」
「…澪ちゃんは?」
「正直、私は、もしかしたら上手くいくかもって、思ってた。」
「……そっか。」
「唯は?」
「私は、澪ちゃんがりっちゃんのこと好きって、わかってたよ。」
「え…?」
「ずっと、見てたから。」
私は澪ちゃんのベッドの端に腰を下ろし、天井を眺めた。薄暗く、空気の停滞した部屋。上半身を起した澪ちゃんは黙って私の横顔を見つめている。部屋に染みついた甘いにおいが、外の曇った天気と相まって、湿っぽく、私の肌に静かに浸透していく気がした。それは澪ちゃんのにおいで、私の好きな人のにおいであって、だけど、今は、私を悲しい気持にさせる、甘いにおい。
「そ、そんなわかりやすかったか、私。」
「澪ちゃん、レズっぽいもん。」
「えぇ!?」
大げさに驚く澪ちゃんを見て、私は笑った。澪ちゃんの純な反応は一年生の頃から変わってないね。わかりやすくて、かわいらしい。
「…唯のほうが単純だと思うけど。」
「私は単純だけど、奥が深いんです!」
「自分でいうな!」
「あはは。……ね、澪ちゃん、もっと笑って。」
「……唯。」
「笑って。」
「……なんで唯は私に告白したの?」
「好きだから。」
「だめになるほうが大きいってわかってたんだろ? それじゃなんで……」
「それは……」
それは、なんでだろう。なんで、私はふられるかもしれない、いやふられる危険のほうがずっと高いって思ってたのに、どうして告白に踏み切れたんだろう。
「たぶん、それは……」
瞳を閉じると、澪ちゃんの笑顔が浮ぶ。入部して初めて会った日のこと、ギターを買ったこと、コードを教えてもらったこと、私の家で勉強したこと、合宿をしたこと、一緒にライブで演奏したこと……一年生のときの記憶を紐解くだけで、私の胸には数え切れないほどの感情が湧いてくる。私はその思い出の一つひとつを数珠のようにつなげ、そして、それらが私を彩ることにより生れ、私の心を包んでいく、この微熱のような感情が、私が澪ちゃんを好きになったたった一つの理由のような気がするんだ。
「唯は私のどこを好きになったの?」
澪ちゃんは寂しそうな目で、私に聞いた。私は立ち上がると、無意識に、自然に、彼女に手を差し伸べていた。それを受けとってくれるか、私にはわからない。ただ私は今このときを、澪ちゃんにもう一度、告白する機会であるかのような幻想と考えた。澪ちゃん、立って……そして……
「私とうたって。」
澪ちゃんは私の手を握った。おずおずと、ためらいがちに、でも結局はしっかりと。私は澪ちゃんを引き上げた。夢の続きが始まろうとしていた。
つづく