そんな女の子いませんよ、といった話
2011/12/20/Tue
Kayo
私は男女の性差にあまり重きを置かない、男女間の差異より個々人の間の差異のほうが明らかだろうと思うから。だから私は極力、男が~とか女が~とか、そういった言い回しはしないようにしてる。……というのは、以前からいっていることなので今さらな人には今さらかもしれないけれど、このことを前置きとして、今日のエントリを始める。……あのさ、創作物なんかで、女性がその作品の登場人物の女の子を評して、「こんな女の子いませんよ」って、いうよね。いうときあるよね。でも反対に、男性が何かの作品を読んでも、「こんな男の子はいないよ」とは、いえないよね。いえないんだよ。このちがいは何かな? なんだと思う?
Nadja
それは、なんかの対談でもネタにされていたことだったかしら。詳細は忘れたけど。
Kayo
たとえばさ、少年漫画の「ワンピース」なんか読んで、ルフィみたいな男はいない!っていえる? いえないじゃん。いるかもしれないじゃない。少女漫画のテンプレにありがちなクラスの格好いい男子、ああいう男は実際にはいるはずないっていえる? いえない。いるかもしれないじゃん! でも対照的に、少年漫画のヒロインとかラノベの女の子とか、そういったこてこての、男の子向けの作品に登場する女の子は、実際にこんな子はいないよーっていわれる。私もよく小説を書いていたとき、同じようなことをいわれたことがある。……でもさ、でも、いるかもしれないじゃん!! 逆にいうと、そんな女の子はいないっていいきるためには、世のなかの女の子を全部把握しているって自信が必要じゃない。その自信はどこから来るのだろう?
Nadja
まあ、日本にいないとしても、ヨーロッパにはそういった漫画に出てくるような女の子がいるかもしれないし、イスラム圏にはいるかもしれないし、アフリカのどこかにはいるかもしれない。いないとはいえないのよね。
Kayo
これはどういう問題だろう! ……と、考えると、私はこの問題は、小学校の男子グループと女子グループの対立のようなプレッシャーと似たものじゃないかなって、気がしてくる。これは、ある種の、1億もの人間がレギュレイトされた日本という文化の特異性のひとつなんじゃないか、って気がしてくる。この同質性とはいったいなんだろう。不思議な感じがする。
Nadja
その同質性への信頼が、ある男性像、女性像への理解の自信を与えている、といったところかしら? はてさて。ちょっと面倒な問題ね。この日本の同質性の力といったものは、身近であるだけに、なんとも見えにくいものではあるけれど……
私は男女の性差にあまり重きを置かない、男女間の差異より個々人の間の差異のほうが明らかだろうと思うから。だから私は極力、男が~とか女が~とか、そういった言い回しはしないようにしてる。……というのは、以前からいっていることなので今さらな人には今さらかもしれないけれど、このことを前置きとして、今日のエントリを始める。……あのさ、創作物なんかで、女性がその作品の登場人物の女の子を評して、「こんな女の子いませんよ」って、いうよね。いうときあるよね。でも反対に、男性が何かの作品を読んでも、「こんな男の子はいないよ」とは、いえないよね。いえないんだよ。このちがいは何かな? なんだと思う?
Nadja
それは、なんかの対談でもネタにされていたことだったかしら。詳細は忘れたけど。
Kayo
たとえばさ、少年漫画の「ワンピース」なんか読んで、ルフィみたいな男はいない!っていえる? いえないじゃん。いるかもしれないじゃない。少女漫画のテンプレにありがちなクラスの格好いい男子、ああいう男は実際にはいるはずないっていえる? いえない。いるかもしれないじゃん! でも対照的に、少年漫画のヒロインとかラノベの女の子とか、そういったこてこての、男の子向けの作品に登場する女の子は、実際にこんな子はいないよーっていわれる。私もよく小説を書いていたとき、同じようなことをいわれたことがある。……でもさ、でも、いるかもしれないじゃん!! 逆にいうと、そんな女の子はいないっていいきるためには、世のなかの女の子を全部把握しているって自信が必要じゃない。その自信はどこから来るのだろう?
Nadja
まあ、日本にいないとしても、ヨーロッパにはそういった漫画に出てくるような女の子がいるかもしれないし、イスラム圏にはいるかもしれないし、アフリカのどこかにはいるかもしれない。いないとはいえないのよね。
Kayo
これはどういう問題だろう! ……と、考えると、私はこの問題は、小学校の男子グループと女子グループの対立のようなプレッシャーと似たものじゃないかなって、気がしてくる。これは、ある種の、1億もの人間がレギュレイトされた日本という文化の特異性のひとつなんじゃないか、って気がしてくる。この同質性とはいったいなんだろう。不思議な感じがする。
Nadja
その同質性への信頼が、ある男性像、女性像への理解の自信を与えている、といったところかしら? はてさて。ちょっと面倒な問題ね。この日本の同質性の力といったものは、身近であるだけに、なんとも見えにくいものではあるけれど……
