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2012/01/10/Tue
罪というものはどうしようもない。長く生きれば生きるほど、罪というものは降り積もっていく。だからこそ、この世に形あるものはいずれ滅ぶ定めであるのだし、その摂理にあえて逆らおうと思えば、天人や仙人のようにもはや人間とは呼べぬ生き方をしなければならなくなる。
無論、だからといって、天子は定期的に天人の命を奪いに来る死神に易々と負ける気はさらになかった。しかし、天子はそれほど長生きしたいとも思っていなかった。それは身の回りにいる長生きしている連中がぜんぜん好きじゃなかったからだ。
(この娘は自殺するのかしら?)
目の前で後悔に暮れ、涙している銀髪の少女を無感動に眺め、天子はそんなことを考えた。いつもの気丈な振舞いを旨とする悪魔の従者がこれほど弱っていることは、少なからず、天子を驚かせていた。その驚きと、また吹雪に覆われた山小屋に二人きりという状況も少なからず影響したのだろう、天子は無造作に咲夜の手首をつかみ、力ずくでわが身に引き寄せると、彼女の唇に自身のそれを重ね合わせていた。その瞬間、天子は、もっと大胆なこともできるかなと考えていたが、咲夜にあえなく突き倒され、その望みはかなわなかった。
「……弱っている相手を慰めるのに、これは絶好の機会でしょう? それに、私はあなたが好きだったから」
悪びれなく天子はそう答えたが、しかし、咲夜の赤く染まった瞳は、彼女の自身に対する感情がどれほど激しいものかを一瞬で教えた。それが怒りと憎しみであることも、また同時に。
若干の沈黙があったあと、咲夜は小屋を飛び出した。この激しい雪山をひとりで降りようというのだろうか。そう思った天子が彼女を追おうとしたとき、耳のそばに聞こえた小さな声がそれを押しとどめる。
「大丈夫。私の片割れが見守っているよ。……いやぁ、しかし、それにしても、盛大にふられちゃったね、天子。弱っている女の子を襲うなんて、鬼畜だねぇ」
それがいつも酔っ払っている鬼の声だということを天子はすぐに感づいた。そして、あっという間に、何もなかった空間に靄のようなものが集まり、それは次第に小鬼の姿を形づくる。おそらく咲夜の近くにはこの鬼の分裂した一部が付き添っているのだろう。
「……まだ、ふられたと、決まったわけじゃないじゃない」
こともなげに天子はいう。萃香は笑った。
「へえ。やけにあきらめが悪いんだ。あれだけのことをして、ひどい奴だねぇ。それとも、そこまでしてあの人間に近づきになりたい理由があるっていうのかい?」
「聞いていたならわかるでしょ? 私はあの人間が好きだからよ」
「なぜ?」
「おもしろいから。……悲しみが深いなら、喜びもきっと深くなれる。私はあの人間を笑わせたいのよ」
「そこまで入れ込んでいるんだ。いやはや、これは驚いたね」
「以前から、あの人間は、心を空っぽにしていた。でも、それは意識的なものだった。だから、私はあの人間に興味を持った。……これを愛情といわずして、なんていうの?」
萃香は肩をすくめた。天子のその恋情が遂げられるとはまるで思えなかったからだ。しかし、天子はこんな言葉をふいに呟く。
≪ La mort des autres nous aide à vivre. ≫
「他者の死はわれわれをして生かしめる」
「横文字は苦手なんじゃなかったっけ?」
「ああ、あれ? 嘘よ」
萃香の言葉に、天子はしれっと答える。萃香は呆れて何もいえなかった。