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2012/07/01/Sun
こたつでうとうとしていた私に「ただいま、おねーちゃん」と声がかかる。私は手をあげて、「おかえり、玄ちゃん」と返事する。「今日も部室の掃除をしてきたの?」と聞くと、「うん。木曜日は私の当番だから」と玄ちゃんが朗らかに答える。私は頭まで毛布を被り、誰も来ない麻雀部の部室をまだこども麻雀教室があったころと変わらず律儀に掃除している玄ちゃんの姿を想像する。誰に頼まれたわけでもなく、誰に命じられたわけでもなく、掃除を欠かしたことのない玄ちゃんの、一途な姿。あるいは盲目な姿。その良し悪しはともかく、玄ちゃんのおかげで部室はいつもぴかぴかだ。誰も使わない、誰も通わない部屋なのに、ホコリ一つ落ちていない。
(私を誘ってくれれば、同好会ならすぐにできるのに……。玄ちゃんはそれじゃ嫌なのかな……)
以前、それとなく玄ちゃんに麻雀同好会を作るつもりなら私も玄ちゃんを手伝えるよと提案したことがある。でも、玄ちゃんはあいまいに言葉を濁らせるだけだった。こんなはっきりしない態度をとる玄ちゃんは珍しい。きっと、昔、通った麻雀教室がすごく楽しかったからだと思う。そこでできた仲間との思い出が玄ちゃんを今でも麻雀部の部室……かつてのこども麻雀クラブの教室に縛りつけ、放置して朽ち果てるのを見過ごせなくさせているのだと思う。――それは私の知らない玄ちゃんの一面。私が触れられない玄ちゃんの大切な思い出、記憶の一部。……本当は、私も麻雀教室に通いたかった。でもそんなことを今さらいっても何も変わらない。
(玄ちゃんは昔の友だちとまた遊びたいんだよね……。私は玄ちゃんがいれば、それでいいよ……。でも、玄ちゃんはそれじゃだめなんだ……)
ちくっと胸がざわめく。私はおろおろと玄ちゃんに手を伸ばす。こたつから伸びたかすかに震えている私の弱い手。何かあると私はすぐ玄ちゃんにすがってしまう。でも、玄ちゃんはきょとんとしながらも、私があいまいに伸ばした手を握ってくれて、どうしたのおねーちゃん?と顔を傾ける。それに対し、私ははっきりとは何も言葉にすることができず、ただ無意味に口ごもって、こたつのなかに頭を埋める。そんなだめな私に玄ちゃんは微笑して、「お茶いれてくるね」と席を立つ。「ありがと、玄ちゃん……」と、私は小さな声でもごもごと呟く。……玄ちゃんはたぶん来週も部室を掃除しに行く。私はそんな玄ちゃんの帰りを来週もまたこたつで丸くなりながら待っている。無意味で仄かな想いに囚われた玄ちゃんに、切実で無益な感情を胸に秘めながら。