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2012/07/22/Sun
お姉さんに、――は頭がいいから、といわれたことがある。その言葉に、私は首を横に振った。頭がいいっていうのはほめ言葉じゃないと思うって、私はむすっとして答えた。お姉さんは苦笑した。そして私の頭をぽんぽんと叩いた。
お姉さんとは私が中学一年のときに知り合った。近くの高校の文化祭。友だちに誘われて、見に行った。私はもともと乗り気じゃなかった。高校のことなんて、まだまだ先のことだって思っていたから。――お姉さんから私に声をかけてくれた。お茶でも飲んでいきませんか、といってくれた。そのときお姉さんは高校二年だった。四つ年上。お姉さんのクラスは喫茶店をやっていた。ありがち、と思った。でもお姉さんの笑顔と明るくて元気な声が印象的だったので、私はのこのこと、一緒に来た友だちを放ってお姉さんについていった。――お姉さんから私を誘ったんだよね、と、私はことあるごとにお姉さんにいった。そのたび、お姉さんは困った顔をして笑った。
高校のことなんてまだ先のことだと思っていた。遠い未来のことだと。けれど、帰宅部でだらだらと日々を浪費していた私は、気づいたら三年生になっていて、受験しなければならなくなっていた。何も考えていなかったし、あまり興味もなかった。勉強もそんなに好きじゃなかったけれど、学校からもらった問題集をとりあえず全部解いて、覚えた。受験する高校は――と、聞かれて、私は自然にお姉さんの通っていた高校の名前を進路希望調査の用紙に書いていた。私のいた地域では二番目に難しい高校だった。私はなんとか合格していた。
高校受験。たぶんあれはいくつもある人生の選択肢のひとつなのかもしれない、と、思う。でも、そう大したものではないと、今でも私は考えている。けれど、あれはあれでひとつの岐路ではあるのかなとも、近ごろの私は考える。
お姉さんとの交流は続いていた。お姉さんは高校を卒業したあと、一年浪人をして、私が高校に入学した年、大学生になっていた。お姉さんが大きな都市の予備校に通っていたときは、お姉さんの勉強の邪魔をしたくなかったから、あまり会わないようにしていたし、連絡もそんなにしなかった。私も一応受験だったから、結果的にはそれでよかったのかもしれないけれど。
高校一年のときも私は帰宅部だった。放課後はぶらぶらしたり、さっさと家に帰って寝たりしていた。たまの週末にお姉さんのところに遊びに行った。お姉さんは私の家から高速バスで一時間程度の街のアパートに住んでいた。大学からはちょっと遠いらしい。
私みたいな年下とつきあって楽しい?と私はいつものようにいじわるをいった。お姉さんは笑って、――ちゃんはかわいいから自慢になるといった。私は、ちゃんづけはやめて、といった。お姉さんはわかった、といった。たぶん、その顔はわかっていない。
私の高校一年はそんな一年だった。だらだらした学校生活と、ときどき会いに行くお姉さんのアパートの小奇麗な様子。大きな事件も深い思い出もない、些細な一年。でも今の私にはあの一年が、なぜか、とてもとても愛おしい。
――そんなことを考えながら、私はフランスのリヨン・サンテグジュペリ空港に着いた。深い深い夏の夜、激しい雨の降る最中。