ゴーチエ「死霊の恋」 第四の神的狂気
2007/04/07/Sat
『おお、いとしき子よ、かくも偉大なる、かくもこの世ならぬこれら数々の幸いを、恋する者の愛情は君に贈ることであろう。しかしながら、これに対して、恋していない者によってはじめられた親しい関係は、この世だけの正気とまじり合って、この世だけのけちくさい施しをするだけのものであり、それは愛人の魂の中に、世の多くの人々が徳としてたたえるところの、けちくさい奴隷根性を産みつけるだけなのだ。そしてそのあげく、この魂を、知性なきままに、九千年の間、地のまわりと地の下とを、さまよいつづけさせるであろう。』
プラトン「パイドロス」
「狂気はそれだけとしてわるいものじゃなくて、神が与えるこの世の幸いなる狂気‥神的狂気という思想が、あります。そのなかでもっとも幸福なものが、第四の神的狂気、恋愛‥エロスだということが説かれてるのがプラトンの代表作のひとつである「パイドロス」です。‥恋愛っていうのが、何よりも尊い、そして自分ではどうしようもない狂気的なものだって認識は、人類普遍、世界中のどこでもいつでも変わらないものなんですね‥。もっともギリシアの恋愛って、基本的に男の人同士のものなんですけど、ね。」
「‥ま、少年愛が隆盛のころ、だものね。文化背景よ。」
「あはは。恋愛にはいろいろな形があるけれど、でも本質はひとつじゃないかなとは思うのです。身も心も焼き尽くすような恋愛が、ね。ゴーチエの「死霊の霊」はそんな神的狂気がすごく素敵に描かれた作品のひとつだと思います。‥フランス文学の魔術師と呼ばれるゴーチエの著した「死霊の霊」、これはヨーロッパ文学で名高い吸血鬼小説なんです。話の筋は、若き僧侶であるロミュオーが、世にも妙なる美女吸血鬼、クラリモンドに恋する‥というもので、これが禁忌中の禁忌、ひとならぬものだっていうのはいうまでもないよね。吸血鬼の魅力に心底参っちゃう主人公は、僧侶と吸血鬼の愛人っていう二重の生活を送ることになります。でもそんな辛苦の生活は長続きするはずなくて、彼はやつれてく。そんな様子を見かねた主人公の師匠は、吸血鬼を退治するのだけど‥でも吸血鬼は、主人公のことをたしかに愛していたのです。ここがすごくふしぎ。」
『「ああ! ここにいたんだな、悪魔、恥知らずの淫売、血と金にかつえた妖婦!」
老師はそう叫びながら、遺骸の上に聖水をまきちらし、灌水器で棺桶のうえに十字の印をきりました。かわいそうなクラリモンド! 彼女は聖なる滴をあびたかと見るまに、美しい身体はたちまちこなごなに砕けてしまいました。そして、残ったものは、ただ灰と、なかば石灰に化した骨とが、見るも恐ろしくまじりあっているだけでした。冷酷無情な司祭は、その悲しい亡骸をわしに指さしながら、「君の恋人はこれだ、ロミュオーの殿さま。こうなってもまだきみは、恋人をたずさえて、リドやフジノへ散歩に行きたいかね」とあざけりました。わしは頭をうなだれていました。なにか大きなものが一挙にくずれおちた思いでした。』
テオフィル・ゴーチエ「死霊の恋」
「吸血鬼を何がなんでも滅ぼそうとする司祭のほうが、ずっと野蛮で威圧的にみえる場面、か。なかなか示唆的よね。」
「うん‥。クラリモンドは主人公を殺そうとする気があったかどうかは‥血を吸う場面はあったけど、すぐ後悔して、主人公もそれを知ってるんです、そして許してた‥けっきょくわかんないです。でも主人公が愛の狂熱で、幸福に、ただ字義どおりの意味で幸福になれたかもということは、そうかもな‥と思います。」
「身分のちがいで引き裂かれる、か。いろいろな比喩とも読める作品よね。」
「恋愛のくるおしいまでのおろかさ、そして切なさ‥すばらしさが、ちょっとペシミスティックな色調で描かれる作品、おもしろいです。エロスはやっぱり神さまなのかな。」
『これにまさる善きものは、人間的な正気も、神のさずける狂気も、けっして人間に対して与えることはできないのだ。』
プラトン「パイドロス」
プラトン「パイドロス」
ゴーチエ「死霊の恋」(狂える情熱‥だからこそ美しいのか‥むずかしいです)
プラトン「パイドロス」
「狂気はそれだけとしてわるいものじゃなくて、神が与えるこの世の幸いなる狂気‥神的狂気という思想が、あります。そのなかでもっとも幸福なものが、第四の神的狂気、恋愛‥エロスだということが説かれてるのがプラトンの代表作のひとつである「パイドロス」です。‥恋愛っていうのが、何よりも尊い、そして自分ではどうしようもない狂気的なものだって認識は、人類普遍、世界中のどこでもいつでも変わらないものなんですね‥。もっともギリシアの恋愛って、基本的に男の人同士のものなんですけど、ね。」
「‥ま、少年愛が隆盛のころ、だものね。文化背景よ。」
「あはは。恋愛にはいろいろな形があるけれど、でも本質はひとつじゃないかなとは思うのです。身も心も焼き尽くすような恋愛が、ね。ゴーチエの「死霊の霊」はそんな神的狂気がすごく素敵に描かれた作品のひとつだと思います。‥フランス文学の魔術師と呼ばれるゴーチエの著した「死霊の霊」、これはヨーロッパ文学で名高い吸血鬼小説なんです。話の筋は、若き僧侶であるロミュオーが、世にも妙なる美女吸血鬼、クラリモンドに恋する‥というもので、これが禁忌中の禁忌、ひとならぬものだっていうのはいうまでもないよね。吸血鬼の魅力に心底参っちゃう主人公は、僧侶と吸血鬼の愛人っていう二重の生活を送ることになります。でもそんな辛苦の生活は長続きするはずなくて、彼はやつれてく。そんな様子を見かねた主人公の師匠は、吸血鬼を退治するのだけど‥でも吸血鬼は、主人公のことをたしかに愛していたのです。ここがすごくふしぎ。」
『「ああ! ここにいたんだな、悪魔、恥知らずの淫売、血と金にかつえた妖婦!」
老師はそう叫びながら、遺骸の上に聖水をまきちらし、灌水器で棺桶のうえに十字の印をきりました。かわいそうなクラリモンド! 彼女は聖なる滴をあびたかと見るまに、美しい身体はたちまちこなごなに砕けてしまいました。そして、残ったものは、ただ灰と、なかば石灰に化した骨とが、見るも恐ろしくまじりあっているだけでした。冷酷無情な司祭は、その悲しい亡骸をわしに指さしながら、「君の恋人はこれだ、ロミュオーの殿さま。こうなってもまだきみは、恋人をたずさえて、リドやフジノへ散歩に行きたいかね」とあざけりました。わしは頭をうなだれていました。なにか大きなものが一挙にくずれおちた思いでした。』
テオフィル・ゴーチエ「死霊の恋」
「吸血鬼を何がなんでも滅ぼそうとする司祭のほうが、ずっと野蛮で威圧的にみえる場面、か。なかなか示唆的よね。」
「うん‥。クラリモンドは主人公を殺そうとする気があったかどうかは‥血を吸う場面はあったけど、すぐ後悔して、主人公もそれを知ってるんです、そして許してた‥けっきょくわかんないです。でも主人公が愛の狂熱で、幸福に、ただ字義どおりの意味で幸福になれたかもということは、そうかもな‥と思います。」
「身分のちがいで引き裂かれる、か。いろいろな比喩とも読める作品よね。」
「恋愛のくるおしいまでのおろかさ、そして切なさ‥すばらしさが、ちょっとペシミスティックな色調で描かれる作品、おもしろいです。エロスはやっぱり神さまなのかな。」
『これにまさる善きものは、人間的な正気も、神のさずける狂気も、けっして人間に対して与えることはできないのだ。』
プラトン「パイドロス」
プラトン「パイドロス」
ゴーチエ「死霊の恋」(狂える情熱‥だからこそ美しいのか‥むずかしいです)
